女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務め、愛猫家としても知られる川上さんが、猫のこと、50代の暮らしのこと、食のこと、出生地であり、その後も定期的に訪れるスウェーデンのこと(フィーカ:fikaはスウェーデン語でコーヒーブレイクのこと)などを写真と文章でつづります。
第18回は、9歳の頃1年間暮らしたスウェーデンから帰国後日本の小学校に再度通い始めたばかりの頃の思い出と、今まさに真っただ中にいる「50代」について。

猫とフィーカ
すべての画像を見る(全5枚)

川上さんの記事はこちらも

50代、更年期を経験して。外見の「老化」は成長の証<川上麻衣子の猫とフィーカ>

50代「さあ、これからが勝負だ!」<川上麻衣子の猫とフィーカ>

ワインを飲む川上麻衣子さん
スウェーデンを訪れた50歳の頃の写真

現在56歳。立派な大人であり、以前「老いとの向き合い方」のテーマでコラムに書いたようにしっかり初老に差しかかる年齢ではありながら、やはりまだまだ思うようにいかないことも多い日々。人間関係で悩むこともあります。つい先日も自分の幼稚な部分があからさまとなり落ち込む場面も。そんなときには思い出すことがあります。

 

●小学5年生の頃の恩師と『論語』

それは、まだ幼かった小学生5年生の頃。当時のわたしはスウェーデンでの生活を経て日本に戻り、学力も語学もままならず、中途半端な状態で学校生活を送っていました。将来の夢も浮かばず、日本での生活に魅力を感じることができなかったわたしですが、ある1人の先生との出逢いにより、日々の生活が瞬く間に彩を帯びて、キラキラと輝き出したのです。

小学生時代の写真
小学生時代の川上さん(左)と親友の女性

その先生と過ごした時間や、教えを伝えようと思えば、本を一冊書いてしまいそうなほど、今は亡きその先生への感謝は溢れています。

その先生から教えていただいた1つに、「毎朝の『論語』写し」がありました。だれよりも早く学校に来て、前日に生徒が提出した日記から、何名かのものを選択して、ガリバンに擦り(若い方にはきっとサッパリ!?ですね)、クラスの生徒約40名すべてのために1枚1枚藁半紙(いよいよ若い方には、イメージできないかもしれませんね)を毎朝机の上に置いてくださいました。

手紙
恩師から届いたたくさんの手紙は宝物

パソコンに打ち込み印刷すれば、1時間ほどでできるかもしれない作業でも、当時では多分3時間は要したのではないでしょうか。毎朝楽しみにその藁半紙に擦られている先生の几帳面で力強い文字を読み、そして同時に黒板に書かれている「論語」をノートに写すことから小学5年生の私の1日は始まっていたのです。

学芸会の写真
恩師の指導のもと、初めて学芸会で主役を演じたメリーポピンズの舞台(写真右から2番目)

いったいいつ、寝て、何時に学校に来てガリバンを擦り、黒板に論語を書くのだろうか…。超人的なその先生のエネルギーは、今も私を圧倒します。

「論語ノート」と表紙に書かれたノート。意味など考える必要はないという前提で、とにかく写しとった1年間。「子曰く」で始まる言葉の数々は、小学生にはあまりに難しく、理解はまったく不能だったことしか覚えていません。いつか大人になったらきっと解る日が来るのだろう…と。そして…。

 

●50歳にしてようやくわかってきた「天命を知る」の意味

正に50歳を目前としたある日。
「50歳にして天命を知る」
孔子が晩年に残したとされるこの言葉が私の胸を突きました。

「子曰く、吾十有五にして学に志す
三十にして立つ、四十にして惑わず
五十にして天命を知る、六十にして耳順う
七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」
――私は十五才で学問を志し、三十才で学問の基礎ができて自立でき、四十才になり迷うことがなくなった。五十才には天から与えられた使命を知り、六十才で人のことばに素直に耳を傾けることができるようになり、七十才で思うままに生きても人の道から外れるようなことはなくなった――(引用:故事ことわざ辞典)

なんだかよいですよね。そして「人間は、50歳ごろになると、自分の人生がなんのためにあるかを意識するようになる」。なんだか、すごくよくわかる気がすることに、また感動したりしてしまいます。