2025年9月に自身の名前を冠した新店「三國」をオープンさせ、71歳にして料理人としての第二章をスタートさせた、フランス料理の巨匠・三國清三さん。ひとりで料理に向き合うこと、そして、お客さんひとりひとりに向き合うこと。三國シェフは、グランメゾンを率いていたときにはできなかった夢を、この店で実現させたいと考えているそうです。そこで今回は、三國シェフが「近所の人に愛される」お店になるために力を入れてきたことについて紹介します。

※ この記事は『三國、燃え尽きるまで厨房に立つ』(扶桑社刊)より一部抜粋、再構成の上作成しております。

三國シェフ
フレンチの巨匠・三國シェフ
すべての画像を見る(全2枚)

店づくりの成功は「近所の人に愛される」かどうか

改築前からずっと力を入れてきたのが、近所の人に応援してもらえる店になることである。

「三國さんの店が我が家の近くにあってうれしいわ」と近所の人たちに思ってもらえたら、店づくりは成功だ。そのくらいご近所対策は大切なのだ。

とくに僕の店は、住宅街の奥のわかりにくいところにあるため、道に迷った人に捕まって「オテル・ドゥ・ミクニはどこですか?」と聞かれる可能性が非常に高い。

そのとき「三國さんのところは、あちらですよ」とにこやかに案内してくれるか、「知らない」とそっぽを向いてしまうか。これは、食べに来る人のその日の気分を左右してしまうほど大きい。

だから、僕らはいつも店の前だけでなく周辺もきれいに掃除する、お正月にはミカンを持って挨拶に回る、ときどきランチの半額チケットを配る…といったことを積み重ねてよりよい関係づくりに努めてきた。

●だれもが気軽に利用できるための「カフェ」という選択

タクシーの運転手さんも同様だ。「オテル・ドゥ・ミクニまで」と行き先を告げたとき、運転手さんに「あそこでお食事ですか、いいですねえ」と返されたら、食事の楽しみも増そうというものだ。

なので、お客さん待ちで店の前に車を停車させている運転手さんにお茶を出したり、待ち時間が長くなりそうなら、ウェイティングバーに案内したり、ということも心がけた。あとになってから、敷地内の一角にカフェをつくったのも、近所の人たちに喜んでもらうためである。

いくら近くにいいレストランがあっても、ランチ1万円~、ディナー3万円~という価格設定では、しょっちゅう行くわけにはいかないというのが普通の感覚だろう。そこでカフェでは、お茶やスイーツが楽しめるだけではなく、旬の素材を使ったランチを1000円以下で提供した。

近所のマダムや学習院初等科に通う子のお母様方で、カフェは連日大盛況。「三國さんのお店が近くにあってよかった」「ママ友と集まるのはいつもここ」と皆さんから好評だった。

カフェのおかげで、近所の人にとって「オテル・ドゥ・ミクニ」は、ほとんど足を踏み入れることのない場所ではなく、「私もいつも使っている店」になれたのである。