「空の巣症候群」という言葉をご存知でしょうか。

「子どもが成長し親元を巣立っていったときに、心にぽっかり穴があき、なにも手がつかない一過性の抑うつ状態になることを指し、意外とかかってしまう方も多いのです」と話すのは、精神疾患の方のケアのほか、家族や人間関係、心の不調など多くの相談を受けている、精神保健福祉士の東亜衣子さん。

今回東さんが実際に相談を受けた、50代主婦の方の例からその対処法を教えてもらいました。

布団に入る女性
子どもが巣立ってほっとするのと同時に無気力に…(※写真はイメージです)

子どもが巣立って突然不安に…「空の巣症候群」から抜け出る方法

「空の巣症候群」はひな鳥が巣立った「空の巣」から例えられた言葉で、手のかかる子どもが成長し、親元を巣立っていくことをとても待ち遠しく思っていたのに、実際にそのときが来たら言いようのない寂しさを感じ無気力になってしまう状態を指します。

母親ならだれもが、子どもが小さいときはその子が生きていくために一生懸命お世話します。自分のことよりも子育てを優先する時期が長いので、いざ子育てが終了に近づいたときにどうすればいいのかわからなくなってしまうのです。

私が相談を受けた50歳のBさんもまさにその状態でした。

●空の巣症候群はだれにでも起こり得ること

一人っ子の息子さんが春に家を出て大学に進学することになったBさん(当時50歳)。そんなBさんから相談を受けたのは5月のGWを過ぎたころでした。

Bさんは

・やる気が起きない
・孤独を感じる
・夫の言動に腹が立って仕方ない

「昔の自分とは変わってしまったようだ」と涙を流して訴えます。

私は「空の巣症候群って知っていますか?」とBさんに空の巣症候群の症状の説明をしました。そして、そういう名前がつくくらい、有名な症状であることや、一生懸命子育てしてきたBさんが今そうなっていることは普通のことであることをお伝えしました。

これまでの生活のことを聞くと、今まで自分のことは二の次に息子さんのことを大切に育ててきたこと、パート先で正社員になる話があっても、息子さんが学校から帰ったときに家にいたいし、塾のお弁当をつくってあげたいからと断ってきたことなどを話し始めたBさん。

それらはBさんにとって自分を犠牲にしたというわけではなく、自分がそうしたくてやっていたこと。でも、今は息子さんが家にいなくなってやることも減ってしまったそうです。また、Bさんが寂しさを感じていても、夫の毎日がまったく変わらないことも、追い詰める原因になっているようでした。

話を聞いているとBさんが空の巣症候群になることはものすごく当たり前のことなのです。
だからBさんには「そうなってしまっている自分をあまり悲観せずに、そんな気持ちになるのは当たり前、子育てをがんばってきた証拠と受け入れていきましょう」とアドバイス。

「これからなにか挑戦してみたいことはありませんか?」これは最後に私が投げかけた質問です。Bさんは「なにも思い浮かばない」と言われました。そこで、次の相談を1か月後にし、それまでに考えていただくことに。

●子育てを優先して躊躇してきたことをやってみる

1か月後、宿題の答えを聞いてみました。
Bさんは「パート先に正社員になれないか聞いてみようと思っている」と嬉しそうに話してくれたのです。私は「50歳で正社員ってぜいたくでしょうか?」と言うBさんの背中を押しました。前回、子育てに忙しい時期に正社員の話を断っていたことをお聞きしていたからです。私が賛成すると、今までとは違って時間もあるし、仕事は好きなので、がんばってみたい、とBさんは少し前向きになっていました。

空の巣症候群からの脱却は、子育て中にできなかったことを始めるのがいちばん効果のある方法だと思います。
例えばBさんのように、今まで断ってきたことに挑戦してみることや、興味があったけど、あきらめてきた習い事など「自分自身のため」にやってみたいことを始めるのもおすすめです。

●不眠や食欲不振が出たときは医療機関の受診を

不眠や食欲不振の症状が現れたときには迷わず、医療機関を受診してください。年代的にも更年期の症状が影響していたり、うつがひどくなったりする場合もあります。
精神科や心療内科にハードルを感じるようであれば、婦人科やかかりつけの医療機関でまずは相談してみるのもよいと思います。

●巣立った子どもはたまに帰ってくる

あんなに苦しんでいたBさんはその後正社員になり、息子さんが家にいない寂しさは抱えつつも、忙しい毎日を過ごされています。
息子さんの夏休みにはBさんも休みをとって「おいしいものをたくさんつくるんです」とはりきっておられました。子どもに興味がないように見えた夫も、息子さんの帰省はとても楽しみにしている様子が意外だったとも話してくれました。
巣立った子どもが帰ったときには、また居心地のいい巣を準備しておくこともご夫妻の楽しみになっているようです。

今は子育て中のお母さんたちにもいつかは来る子どもの巣立ち。想像すると楽しみなようでやはりさみしさも感じます。そのときに心がつらくならないように、今からやりたいことを考えておくのもいいかもしれませんね。