便利さだけでは満たされないもの

テラス
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海外で暮らしていると、不便を感じることも少なくありません。バスが時間どおりに来ないこともありますし、きめ細かなサービスはあまり期待できません。それでも、不思議と心が軽く感じる瞬間がありました。「便利さ」よりも心の「ゆとり」があったからです。

夕方になると散歩をする。屋台で少し立ち話をする。公園でぼんやり過ごす。街のベンチでは年配の人たちがのんびり日差しを浴び、ときには歩道沿いのベンチで新聞を読み、芝生があれば寝転がって空を眺める人もいます。そんな景色を見ていると、いつの間にか私も「今日は少しだけここで日向ぼっこをしてから帰ろうかな」と思うようになりました。

急がなくてもいい。なにもしない時間があってもいい。そんな空気が、暮らしをやわらかくしてくれていると感じます。

自分のペースで立ち止まり、心地よく過ごせる時間や場所があることも、同じくらい大切なのだと感じるようになりました。

今、大切にしている暮らしの習慣

アーケード

スペイン、ジョージア、タイで暮らした今、私の習慣もだいぶ変わりました。

毎日少しでも外へ出て、市場やカフェで店員さんとひと言でも会話をすること。急いで食べずに、食事の時間を楽しむこと。太陽の光を浴びながら歩くこと。そして、「完璧じゃなくても大丈夫」と思うことです。

さっぱりバスが来なくても、工事の日程がずれても、直ったはずの扉がまた壊れても、「生活しているんだから、そんなこともあるよね」と笑って過ごせるようになりました。

以前の私は、予定どおりに、思ったように進まないとあせっていました。でも海外で暮らすようになってからは、自分ではどうにもできないことに振り回されるより、その日の小さな楽しみを見つけるほうが、ずっと心地よく過ごせると気づきました。

どれも特別なことではありません。お金も特別な道具も必要ありません。

海外だからできることではなく、日本でも今日から少しずつ取り入れられる暮らしだと思っています。心地よい暮らしは「どこに住むか」ではなく、「今日をどう過ごすか」の積み重ねなのかもしれません。