●緊急事態宣言中で経験した「梅の旅」

梅の木
近所も旅になる!
すべての画像を見る(全6枚)

――旅に出かけなくても、あらゆる日常も旅にできると本の中でおっしゃっていましたが、旅行に行けなかったこの1年、身近での「これは旅だなぁ」って経験はありますか?

高橋

 この1年どこにも行けなくて、実家にすら帰ってない方が多いと思います。でも、旅だなって思ったことは東京でもいっぱいありました。たとえば、家の近所にも知らない道って案外あるんですよね。「え、こんなところに神社あった?」「梅の花咲き始めたね」っていうことも旅ですね。遠くに行けないからこそ、いつもだったらスルーしていた細やかなことに気づくようになりました。

旅っぽいなぁって思い出は、昨年の緊急事態宣言の頃です。ずっと外に出られなかったから、空が恋しいなって思って散歩に出たんです。そしたら、近所の家が何軒も「ご自由にお持ちください」って紙をはってお皿を出してて。断捨離していたんでしょうね。何枚かお皿をもらったり楽しかったですよ。その頃、梅の実の季節で、神社に落ちている梅をたくさん拾って梅干しや梅酒や漬けてたらビンがたりなくなってしまって。近所のお店の奥さんに「ビンがたりなくなって」と話したら「あー、うちに使ってないのあるけど、いる?」って、くださって。

その後、また近所をウロウロしていたら、なんと「ご自由にお持ちください」でビンが出ていたんです。「やったー」って思ってまた持って帰って。さらに、しばらく後で近所の人が「高橋さん、たしかビンをほしがっていたよね」ってまたくださって。おかげでいっぱい梅酒や梅干しを漬けられました。あれは、まさに「梅の旅」でしたね。

――手に入れようと思えば、ネットを使うということもできるけど、近所で探すというのが旅という感じがしますね。

高橋

 メルカリやジモティを使えばすぐに手に入りそうですけどね。でもビンを探す旅をしながら人と交流できたのは楽しかったし、ご近所の力すごいなあと思いました。

そんなこんなで、私の場合は、コロナ禍で逆に近所の人と交流の機会が増えました。今までなら休みの日は実家に帰ったり友だちと会っていたのが、電車に乗らないから友達に会えないし、近所の方々もリモートワークでお家にいることが増えたからでしょうね。去年の春は近所で縄跳びをするのが流行ったんです。それを見ていたら、隣のおうちの子が「僕の縄跳びをあげるよ」って、夫の分も2つ縄跳びをくれて。それで私たちも一緒になって縄跳びをしました。こういう光景は実家のようでもあるし「ああ、なんだか海外みたいやな」って思い出して。海外旅行に行くと、現地で出会った人から「これをあげるよ」っていう交流がありました。意外と旅先での方がゆったりして心が開いてたりしますよね。東京でもそれができたことが嬉しかったです。

コロナで、自分も周りもみんな困っている中で、コミュニケーションが頻繁に行われるようになったんですね。もちろんあまりしゃべれませんし、マスク越しではあるけど、みんな人恋しいんだろうなっていうのは感じました。

●コロナが長引いている今こそ「旅の目」が開いている

本を持つ女性
『旅を栖とす』は、読書を通じて旅行が楽しめるエッセイ

――みんなが困っていて、不自由している今だからこそ、「人と話したい」「旅をしたい」って気持ちがどんどん膨らんできているのかもしれないですね。

高橋

 そう思います。「旅の目」が開いているのは、まさに今だと思っていて、欲しているからこそ、一本違う道を通っただけで「ああ、どこか違う国に来ているな」って感覚になって違う景色を楽めると思うんです。いつもなら、さっさと家に帰るのにわざと近所を迷ってみたりして、本当は遠くに行かなくてもどこでも旅先になるんですよね。

今こそ、みんな旅をするべきときではないでしょうか。それは決して距離じゃない、半径200メートルの旅です。実際、四季を感じることも今までより多くなった気がしませんか? 旅ってそんな気づきの中から生まれるものだと思います。普段と違う目で見たらどこも旅になる。今できる旅を楽しんでほしいですね。

――今、高橋さんの旅の本を読みながら、「旅行が解禁されたら、こんな視点でここに行きたいなぁ」って旅に行く気持ちの準備をしておくのもいいですね。

高橋

 そうですね。ぜひ、本のなかで旅を楽しみながら「旅の目」を培って、旅行が解禁された日の楽しみにしてもらえたらと思います。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『

旅を栖とす

』(KADOKAWA)が発売中。そのほかの著書に、詩画集「

「今夜 凶暴だから わたし」

(ちいさいミシマ社)、絵本

『あしたが きらいな うさぎ』

(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集

「いっぴき」

(ちくま文庫)、など。翻訳絵本

「おかあさんはね」

(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:

んふふのふ