「死ぬ」って、そんなに怖いことじゃないんだな
マチ先生、そしてこの小説『スピノザの診察室』と『エピクロスの処方箋』(以下「スピ&エピ」)は、なにがそんなに魅力的なのか。
ファンの端くれとして、考察してみたい。
仕事柄、おすすめの書籍を聞かれることが多いのだけれど、小説は正直難しい。年齢、性別、趣味嗜好にもよるし、喜ばれるときもあれば、イマイチだったと言われることもある。
ところが…! この「スピ&エピ」は、どんなタイプの人にも、百発百中で「おもしろかった」「すすめてくれてありがとう!」と言われる。
それはきっと、この小説に登場する人たちのささやかな生活の営みが(とくに、遠くない未来に「死を迎える人たちの営み」が)、どれもこれも「自分ごと」だからではないか。そして、看取る方、看取られる方の双方に浮かぶ「問い」が、やはりどれも「自分ごと」だからではないか。
病気はすべて「治す」べきものなのか。
病気になることは「悪い」ことなのか。
そして、人間の「幸せ」とは、なんなのか。
こうやって文字にすると重厚なテーマだけれど、「スピ&エピ」の中でのそれらは、私たちに身近な日常の延長線として描かれている。
とても自然で、温かくて、”寂しくない感じ”で描かれるのだ。
マチ先生は言う。
「がんばらなくても良いのです。ただ、あまり急いでもいけません」
そんなマチ先生の言葉に触れ、思う。
「ああ、死ぬのってそんなに怖いことじゃないんだな」って。
私はいつか死ぬ。愛する人もいつか死ぬ。全員死ぬ。
だけど、それは残念なことばかりではない。とても自然で、幸せだった時間の先に訪れる“おしまいの形”なのだなと感じられる。
そんなふうに思えたのはきっと、登場する人たちがみな、マチ先生に人生を肯定されていくからなのだろう。
病気になったのは、あなたが何か悪いことをしたからではない。治らないのは、負けることではない。
そんなふうに言われながら、マチ先生に看取ってもらえたら、人生最後のごほうびだなあ。
いつも心に「マチ先生」を置いて生きていきたい
と、ここまで書いてきて身もフタもないけれど…。実際問題、私たちは、マチ先生に診察してもらうことも、看取ってもらうこともできない(そりゃあ、そうだ)。だけど、この本を読んだ私たちはこれからいつだって、心にマチ先生を召喚できる。
自分が病にかかったとき。大切な人を失うとき。私はこれから何度でも、マチ先生のことを思い出すだろう。
そして、もし世界に、マチ先生に出会った自分とそうでない自分が2人いるとしたら、その2人は「生きること」と「死ぬこと」について、まったく違うことを考えるだろう。
マチ先生のいる方の世界で、生きて、死ねることをうれしく思う。
『スピノザの診察室』。病めるときも、健やかなるときも、人生を肯定したいときに「効く」一冊です。<了>
追伸1:『スピノザの診察室』は映画化が決定しています。マチ先生、誰になるかなあ。二宮和也さんか中村倫也さんだったらうれしいなあ…。
追伸2:最近、活字から遠ざかっているみなさま。オーディブルで聞くのおすすめです。とってもすてきな声ですよ。
追伸3:京都の「長五郎餅」か「阿闍梨餅」が手に入ったら、それを片手に読むと最高。さらに、岡山県・雄町の日本酒があれば完璧。
追伸4:看取られるならマチ先生ですが、結婚するなら花垣先生がいいです!(聞かれてない)
『スピノザの診察室』
- 京都の町中の地域病院「原田医院」で働く内科医、雄町哲郎(通称マチ)。将来を嘱望された凄腕医師だったが、若くしてこの世を去った妹の忘れ形見、甥の龍之介と暮らすために大学病院を去った。地域に根差した原田病院のやり方に最初はとまどいも感じるマチだが、次第に大学病院時代には感じられなかった「幸せ」を考えるようになっていく。
- 『神様のカルテ』の作者で、自身も現役医師である夏川草介氏による新シリーズ。『スピノザの診察室』『エピクロスの処方箋』ともに、本屋大賞にノミネートされた。
