料理家・高山なおみさんが、心のお隣さんのように感じる十二人を訪ね、それぞれの「オハコ料理」を教わる旅に出かけました。京都から沖縄まで、台所のにおい、手の動き、言葉を見つめながら、料理を通してその人の生き方を感じ取っていきます。今回は、発売中の著書『となりのオハコ』から、兵庫県・西脇市の「かもめ食堂」の台所を紹介。定番の人気メニューの「ポテトサラダ」と「いわしの梅しそフライ」を、台所に流れる時間とともに一部お届けします。

※この記事は『となりのオハコ』(扶桑社刊)より一部抜粋・再構成のうえ作成しています。

食卓にならんだ料理
ポテトサラダといわしの梅しそフライ
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「かもめ食堂」のポテトサラダといわしの梅しそフライ

三宮の街から高速バスに乗って、トンネルをぬけると、すぐに田畑に囲まれました。青い空、緑の山、もりもり茂る夏木立をひた走る、今日は久しぶりに、「かもめ食堂」のふたりに会いにいくのです。

一時間半ほどのバスの旅。停留所まで迎えにきてくれた船橋律子さん(以下・律っちゃん)と、パートナーの窪田靖子さん(以下・やっさん)が、よく仕入れにいくという市場まで案内してくださることになりました。

朝十時をまわっていたので、魚や野菜の卸売市場は閉まっていたけれど、同じ敷地内にある直売所では、地元農家さんのみずみずしい夏野菜に出合えました。

夏野菜

トマトにきゅうり、南瓜にズッキーニ、枝つき枝豆に、翡翠なす。いんげんそっくりなひも唐辛子や、私の顔と同じ長さの水なすなんて、はじめて見ました!

西脇の街をぬけ、山に向かってひた走る。橋を渡り、とうとうと流れる加古川ぞいをしばらく行くと、小高い山々に抱かれるように、田んぼや枝豆畑が広がりました。澄んだ水の流れる川、静かな森に囲まれた古いお寺。「かもめ食堂」はもうすぐ。

こんなところであぜ道を散歩したら、気持ちがいいだろうな。ふたりがこの地に築五十年の民家をみつけ、リフォームをし、生活しながらお店を営むようになって二年がたちます。

「ここに慣れたら、前のところのことを忘れてしまう……」と律っちゃん。「住むまでは、山に囲まれて閉ざされた感じなんかなあと思っていたんやけど、高い山がないから、空が開けているんです」。運転席ではやっさんが、「すごい暑い日でも、あちこちキラキラしててきれいやなあと思いながら、運転してます」。

車から下りると、背中が焼けつくほどのカンカン照り。それでも玄関を一歩入れば、ひんやりと落ち着いた気配に包まれます。

外

白木の床と、丸や四角の卓袱台にテーブル。畳の上に重ねられた座布団。私たち取材班のために握っておいてくれた、山盛りの塩むすび。六甲にあったころの「かもめ食堂」と同じ匂いのする空気。縁側に立つと、白いサルスベリの花が咲いていて、緑いっぱいの庭に出てみたくなりました。

栗、みかん、梅、イチョウ、山椒は、みんな実のつく木。ブラックベリーもグミの木も、実がなったらジャムにしようと思っていたのに、なんだかんだとやることがあって、「鳥が食べにくるところを見て、楽しんでいました」と、やっさん。

イチョウの木はオスだから実はならないけれど、「向かいのお父さんが『食べるか?』と言って、自分の庭の銀杏を鍋いっぱい持ってきてくれはるんです。柚子やカボスも、『なんぼでも採ってええで』って」。

高山なおみさんが「かもめ食堂」を訪ねる

これから教わる、いわしの梅しそフライの青じそは、お向かいさんの種が飛んできて、勝手に育った。春には木の芽みそになる山椒の木も、「越してきたころには、なかったんやけどなあ」。ブラックベリーの陰に、ミントを発見! 「ほんまやなあ」と、やっさんがポリポリ頭をかいています。

庭仕事は、同居している律っちゃんのお母さん担当なので、ふたりとも全貌をよくつかめていないんですって。梅干し、梅みそ、カリカリ梅、梅ジュレを仕込むのもお母さん。

調味

「かもめ食堂」のほとんどの料理は、律っちゃんが子どものころから食べてきたお母さんのレシピがもとになっていると、前に聞いたことがあります。小学生の律っちゃんは、学校から帰るとすぐに台所に行き、隣に立って手つきを見ながら、「お母さんの料理は、おいしいなと思ってた」そう。
「母親が使っていたから、ずっとこれ」と出してくださった調味料は、伯方の塩、ミツカン酢、タカラ本みりん、キッコーマンしょうゆに、ケチャップはデルモンテ。いつも同じ味になるよう、今でも同じものを使い続けているのだと笑います。<後略>