読者から届いた素朴なお悩みや何気ない疑問に、人気作『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社刊)の作者・菊池良さんがショートストーリーでお答えします。今回は一体どんな相談が届いているのでしょうか。
すべての画像を見る(全4枚)ここはふしぎなお悩み相談室。この部屋には世界中から悩みや素朴なギモンを書いた手紙が届きます。この部屋に住む“作者”さんは、毎日せっせと手紙に返事を書いています。彼の仕事は手紙に書かれている悩みや素朴なギモンに答えること。あらゆる場所から手紙が届くので、部屋のなかはぱんぱんです。
「早く返事しないと手紙に押しつぶされちゃう!」それが彼の口ぐせです。
相談に答えてくれるなんて、なんていい人なんだって? いえいえ。彼の書く返事はどれも想像力だけで考えたショートストーリーなのです。
さぁ、今日も手紙がやってきましたよ──。
【今回の相談】やろうとしていたことをど忘れしてしまう
最近、やろうとしていたことがなんだったのかど忘れしてしまうことが多いです。さっきもスマホを開いた瞬間、なにをしようとしていたのか忘れてしまいました。(PN.ビスケットさん)
【作者さんの回答】ど忘れしてもおいしいものはおいしいから
「ここが噂の店か…?」
ビスケットさんは一軒の店のまえに立っていた。看板には「BARど忘れ」と書いてある。ど忘れしたことをたちまち思い出させてくれるとバーが存在すると、都市伝説的にネットで噂になっていた。ビスケットさんはど忘れを直すために、この店を探し出したのだ。
ビスケットさんがドアをあけると、からんころんと音がした。その音に反応して、店のなかにいる人間がビスケットさんのほうに顔を向ける。
「いらっしゃい」
バーカウンターのなかにいるマスターが、グラスをふきながら言った。客はカウンター席とテーブル席にそれぞれ何人か座っている。しかし、だれかと会話するというよりも、ひとりで飲んでいる客が多いようだ。
「なににしますか?」
ビスケットさんがカウンター席に座ると、マスターが聞く。
「えっと、なんだっけ…なにかおすすめをつくってください」
「わかりました」
カクテルの名前が出てこないのでとっさにそう言うと、マスターは手際よくつくりはじめた。
「ここはど忘れに関するバーだそうですが…」
「ええ、そうですよ」
マスターがカクテルをつくりながら答える。
●「BARど忘れ」に集まった客たちは…
さらに横から常連らしき男がビスケットさんに話しかけてきた。
「あんたもど忘れできたのかい」
常連の男は前かがみになってビスケットさんに話しつづける。
「ここにいる客は、みんなど忘れ関連のやつだよ。あそこにいるやつは、部屋を出た瞬間になんで出たのか忘れたやつ。あの端っこにいるのは食後に飲む薬を飲んだかどうか忘れてしまったやつ。その隣のテーブルにいるのは同級生と会ったときに名前が出てこなかったやつ。みんなすねに傷をもっているのさ」
常連の男がほかの客たちを指さすと、そのたびにさされた客は意味ありげにうなずいた。
「そして、おれは…この店にきた理由を忘れてしまった」
常連の男は遠い目をして言った。
「あれ、でも、ここってど忘れしたことを思い出せるバーじゃないんですか。ねえ、マスター?」
ビスケットさんがそう言うと、マスターと常連の男は顔を見合わせて笑う。ふたりの顔は妙にさびしそうだった。