枕飾りが置かれた小さな和室で、初めて会う人たちから、夫の話をたくさん聞きました。
職場でどんなふうだったか、最近はなにをしていたか、普段どんな話をしていたか。私の知らない夫の日々の生活が浮かび上がってきます。
「カラオケでよく熱唱してましたね」
「ゴルフも豪快でしたね。あと、声が大きくて。会社のすみまで聞こえる声で話すものだから、内緒話はできませんでしたね」
なんて笑い話も。
「口うるさく、細かいこと言ってませんでしたか?」
「そんなことないですよ。優しくて、大らかで、明るくて。みんな大好きでした」
みなさん、目を赤く腫らしながら、そう仰ってくれました。
いつだったか、夫に文句を言ったことがあるのです。
「そんなに小言ばっかり言ってると、部下に嫌われちゃうよ」
「面倒くさいこと、いつも部下に頼んでるんでしょう。少しは自分でやりなさいよ」
夫は「え~。そんなことないよ」と涼しい顏で返していましたが、なにも知らなかったのは私の方。夫は、皆に愛されていました。
家でテレビを見ながらゴロゴロしている姿と、会社での姿が違うのは当たり前なのにそんな憎まれ口をたたいてしまってゴメンね。会社の人と仲よくできて、幸せだったよね。
いろいろな方と話ができたこの時間、私には神さまからのギフトのように感じました。56年という太く短い人生だったけど、夫は毎日を楽しく生きたのだと思えたのです。
●夫と私、最後の2人の旅行
いよいよ空港に向かう時間になり、私は夫の棺とともに霊きゅう車に乗りました。
「空港に向かう前に、会社の前を通ることはできますか?」
ふと思いついて運転手の方に言ってみると、ちょうど通り道とのこと。夫が大好きだった会社に、お別れをする時間がもてました。会館に来られなかった方が表で待っていてくださり、皆さんにご挨拶。
空港に到着し、無事に棺の引き渡しを終えると、ロビーにも見送りに来てくださった方がいました。
この地に赴任した2年前は知り合いもいなかったけれど、惜しんでくれる方が大勢いて、ご縁のあった人が私を励ましてくれる。ただ、ただ、感謝するばかりです。
夫と飛行機に乗るのも、これが最後。
結婚して20年、2人で本当によく旅行に行きました。ゴールデンウィークや年末年始など長い休みには、ちょっと奮発して海外に。単身赴任をしてからは、夫の住む地域をあちこちドライブ。子どもがいないゆえの楽しみではありますが、お互い忙しく、会う時間が限られているからこそ、2人で楽しむ時間をできるだけつくるようにしていました。
いま思うと、無理をしてでも旅にたくさん行っておいてよかった。
忙しさにまぎれて「いつか」「そのうち」と、あと回しにしてたら、きっと後悔していたでしょう。人生は、100年時代というほど長くないのかもしれません。
「あっという間だよ! やりたいことは早くやれよ」
向こう側から、夫がいつもの大きな声で叫んでいるような気がします。
【佐藤由香さん】
生活情報ライター。1968年埼玉県生まれ。編集プロダクションを経て、2011年に女性だけの編集ユニット「シェルト・ゴ」を立ち上げる。料理、片づけ、節約、家事など暮らしまわりに関する情報を中心に、雑誌や書籍で執筆。