木立のなかの小さな薬草店、長野県蓼科高原の人気ハーブショップ「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」を営むハーバリストの萩尾エリ子さん。今から約40年前、まだハーブが世間に認知されていない時代から、ショップという場で自然の力を暮らしに取り入れるアイデアを伝え続けてきました。
蓼科での日々を美しい写真とともに綴った最新刊『あなたの木陰 小さな森の薬草店』(扶桑社)も話題となっています。時を重ねても変わらず、明るくやわらかな笑顔で訪れる人を迎える萩尾さんに、これまでの道のりと、日々を健やかに過ごす小さなコツを聞きました。
ハーバリスト・萩尾エリ子さんのこれまでと、「健やかに時を重ねるアイデア」
すべての画像を見る(全7枚)まるで、絵本の世界に迷い込んだような、木立のなかの小さな薬草店──。約40年前に長野県蓼科高原にオープンした「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」は、日本のハーブショップの草分け的存在として知られ、今も多くの人に愛されています。
●青山のバー経営と、子育ての日々を経て。「空が広いね」と蓼科へ
東京に生まれ、結婚後は青山にて夫とともにバーを営んでいたという、意外にも都会派の萩尾さん。蓼科に移住を決めたのは、第一子の子育てとバー経営、さらに陶芸家としても活動し、慌ただしい日々をすごしていたときのことでした。
「当時は、大森の住まいと青山の店を行き来しながら子育てをしていました。それはそれは忙しい日々でしたが、なぜか自分が自分でないような、なににも実感が持てないような虚しさを感じるようになっていたんですね。たぶん、呼吸も浅かったのだと思います。
そんなとき、夫とたまたま蓼科を訪れたら、『空気が綺麗だね』『空が広いね』と、お互い気に入ってしまって。ちょうどそのころ、夫の友人が熱海に越していたことも、夫の決断を後押ししてくれたようです」
しかし、引っ越した後に萩尾さんを待ち受けていたのは、予想以上の厳しい自然。とくに冬の寒さには驚かされたのだそう。
「家もすき間風だらけでしたから、ひどいときはまつ毛が凍るほど寒くて。最近は移住を検討されているというお客様が増えましたので、私は必ず『家は、冬を見てから決めるのがおすすめですよ』とお伝えしていますよ」
●蓼科での日々で見つけた、「世界との距離感」と「自分らしさ」
蓼科にて何度かの厳しい冬を乗り越えたあと、かねてから関心を抱いていたハーブの店を開業。蓼科ハーバルノート・シンプルズ店主としての日々は、「周りの世界とのほどよい距離感を教えてもらいました」と萩尾さん。
「青山時代もお客さまの前に立ってはいたものの、まだ20代でしたし、自分を出せるほどではありませんでした。地下の、お酒とライブのある場所にいた頃とは違い、ここは窓も開いているし、応援してくれるスタッフも増えて、とても楽になりましたね」
「薬草店には、人だけでなく植物もすぐそばにあるし、動物も訪ねてきます。おしゃべりが苦手なときもあったけれど、それができるようになったとき、『いつも、目の前の人に集中し愛をもって接し、でも入り込みすぎない』という距離がわかり、自分らしい言語を見つけられたように思います」
仕事の合間を縫って、地元の諏訪中央病院をはじめとした病院で園芸作業やアロマケアなどのボランティア活動を長年続けられているのも、そんな「自然体」をつかめたからこそ。
「病院でお会いする患者さんは、体調も状況もさまざまです。ならばどうにかしなくては、ではなく、『自分には大したことはできない』って思ったほうがいいなと気づいたんです。無理に明るく振る舞う必要もなく、帰るときはたとえそれが最後になったとしても『じゃ、またね』というくらいの軽やかさで。そのくらいのほうが、場の風通しをよくし、呼吸を楽にしてくれるんじゃないかしら」