「紫式部は今日も憂鬱 」の一部を試し読み
すべての画像を見る(全4枚)「紫式部は今日も憂鬱 令和言葉で読む『紫式部日記』」より、第10章「私もたいがいなんですが」より、一部抜粋してお届けします。
●クセつよな私の処世術
人生なんて、人それぞれ。自信たっぷりにキラキラして楽しそうに見える人もいれば、なにをしていてもさみしくて、なんにも夢中になれない私みたいな人もいる。そんな私が古い手紙を引っ張りだして読んだり、仏道修行に励んで数珠をジャラジャラ鳴らしながらお経をブツブツ唱え続けたら、かなりヤバい印象を与えてしまいそうだ。だから私は好きにやればいいようなことさえ、侍女たちの目を気にして慎んでしまう。
まして宮仕えで他人と関わっているときは、言いたいことがあっても、「いや、言わんとこ」と思う。わかってくれない人に言っても無駄だろうから。やたら人の文句ばかり言ってデキる女ヅラしている人の前では、ウザすぎて口をきく気にもなれない。なんでもかんでも得意な人なんてめったにいやしないのに、ただ自分の心の中で勝手にこしらえたものさしで、人にダメ出ししているのではないかと思う。
そういう人は、本心を隠しておとなしくしている私の顔を見て、「私に気おくれしてるのね」と思い込んだりする。それでも顔をつき合わせて一緒に座っていなければならないときもある。別に気おくれしているわけじゃないけれど、あれこれ非難されるのが面倒なので、おバカのふりをしてやり過ごす。すると、
「あなたがこんな人だとは思わなかったわ。『源氏物語』の作者が来るっていうから、すごく気取っててご立派で、とっつきにくいトゲトゲした人なのかなって思ってた。物語好きで教養をひけらかして、すきあらば和歌を詠む、みたいな。それで人を人とも思わない、憎たらしく人を見下す人に違いないって。みんなそう言って嫌っていたの。でもお会いしたら不思議なくらいおっとりしていて、別人かと思ったわ」
と皆が口々に言うので、恥ずかしい気持ちになった。こんなに天然ボケだとバカにされていたとは。でも、これを自分の性格ってことにしてしまえば好かれるんだな、と気持ちを切り替えることにした。以降、ずっとそうふるまってきたおかげで、中宮様も、
「あなたとは絶対打ち解けることはできそうもないと思っていたけど、他の人よりずっと仲よしになっちゃうなんてね」
と折に触れ、おっしゃってくださる。クセが強いなりに優しそうにふるまって、中宮様から一目置かれている上臈の女房たちからも、ひがまれないようにしたいものだ。