久しぶりに実家を訪ねたらテレビの音が外から聞こえるほどの爆音、話すとトンチンカンな答えが返ってくる、何度も聞き返されてイライラ…高齢の親が「聞こえなくなっている」ことに驚き、対応に困っている人は多いのではないでしょうか。管理栄養士・医学博士の本多京子さんは、お母様の介護を通して「聞こえなくなってから対策するのでは遅い」と気づいたそうです。そこで、現在75歳の本多さん自身が実践する「聞こえ」を意識した健康的な暮らし方をうかがいました。
聞こえが悪くなると生活のいろんな場面で不便や危険が
すべての画像を見る(全6枚)年齢を重ねると視覚や聴覚、嗅覚などさまざまな感覚が衰えていくもの。本多さんは100歳で亡くなったお父様と、現在98歳のお母様の介護を通して聞こえが悪くなると生活にさまざまな支障をきたし、本人もつらい思いをしがちだと実感したそうです。
「たとえば、病院で先生の説明が聞き取れなかったために薬の飲み方を間違うことがあります。内容を理解できなかったり、忘れたりしたわけではないのです。散歩に出かけて車の音が聞こえなくてヒヤリとすることもありますし、料理をしているときに、うっかりしていたのではなく鍋が沸騰している音が聞こえなくて焦がすこともあります。こうなると、怪しい人が侵入しても気がつかないかもしれません。本人も自信をなくしがちになりますし、家族は火事を出さないか、事故に遭わないかと心配が尽きなくなります」(本多さん、以下同)
また、家庭での会話でもうまくいかないことが増えたそう。
「聞こえないと会話が続かないので、人づき合いが難しくなります。家族と会話するときは何度も何度も同じことを聞き返すので、聞かれた方はイライラして、『さっきも言ったでしょ!』とつい声を荒げて、傷つけてしまうこともあります。もし聞こえていたら『つらい思いをしないですんだのでは』とよく思います」
●聴力の衰えは認知症の発症リスクに
聞こえと認知機能には密接な関わりがあり、難聴は認知症のリスクになることがわかっています。海外の研究で補聴器を使って聞こえを改善すると、認知症の発症リスクを軽減できる可能性があるとされています。
日本では国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが2020年12月に発表した研究で、高齢者に難聴があると1.6倍多く認知機能低下を合併することがわかりました。しかし、日本では補聴器の導入年齢が遅く、使用率も低いこともわかりました。メガネは8割以上の人が使っているのに、補聴器を使う人は約15%なのだそうです。外国と比較すると、65歳以上で補聴器を使っているのはイギリス、ドイツ、フランス、デンマークで約5割からそれ以上でした。
「見えづらさはわかりやすいのでメガネを使う人は多いのですが、聞こえづらさは気がつきにくいもの。テレビやラジオの音量を大きくし、人の話がわからないとうやむやにしてすませてしまいがちです。100歳で亡くなった父は補聴器を使っていましたが、聞こえにくくなると聴力の問題ではなく補聴器が壊れたのだと思って、分解修理をしていました。結局は壊してしまって何度も買い換えましたが、聞こえづらさを自覚するのは本当に難しいものなのです」
●補聴器を急に渡しても使えない・使いたくない場合も
現在、施設で暮らすお母様のテレビの音が部屋の外から聞こえるほどの爆音になってきたことから、補聴器をプレゼントされたそうです。
「ところが機械になじみがない母は、どうしても使い方が覚えられない。しかも、『高価なものだから、なくさないようにしてね』と言ったところ、宝箱にしまい込んじゃったんです。急に使いなさいと言われても、それまでの人生でなじんでいないものは使いにくくて、せっかくのテクノロジーを生かすことができませんでした」
また、使いこなせないだけでなく、使いたくないという本人の気持ちがあることも。
「母は補聴器だけでなく、杖を使ってもらうのも大変でした。若い頃はバレーボールの選手で、今でも背筋がしゃんとしているものですから、自分は大丈夫だと思っているのですよね。でも、目も耳も悪くなっているのだから『早めに使い始めるのが大事なのよ』と言ったら、『おばあさんに見られたくない』と(笑)。
私の妹が怪我をしたときに使った杖が要らなくなったので母のところに持っていったら、母の好きな紫色できれいな花模様なので『あら、すてきな杖ね』と興味を持ったので、すかさずもう一度使った方がいいことを説明しました。それからはいつも持って出かけるようになりました。本人が使いたいと思ったり、よい印象を持っているタイミングをいかに周囲が捉えるかも大事です」