年齢を重ねるごとに、やめていいことを増やしてラクに生きたいもの。でも、あえて「始めること」があってもすてきです。ライター・編集者の一田憲子さんは、文庫『大人になってやめたこと』(扶桑社刊)で、やめたことを語るなかで、始めたことについても触れています。詳しく教えてもらいました。
すべての画像を見る(全6枚)一田憲子さんが「大人になって始めたこと」3つ
やめたこともあれば、あえて始めることもあります。一田さんが50代になって「始めたこと」3つを教えてもらいました。
●(1) ジャムを煮る
雑誌の撮影で使った「ジャム鍋」をいただきました。料理家の小堀紀代美さんが監修された、銅製の片手鍋です。この鍋は、ミルクパンほどの小さなサイズなのがポイント。リンゴ2個、イチゴ1パックで少量のジャムをつくることができます。夕飯の準備を終えて、夫の帰りを待つ間や、休みの日の昼食の洗い物を終えた後など、ちょっとの「半端時間」を利用すればたちまち2瓶ほどのジャムが完成します。
じつは私は文旦(ぶんたん)ジャムが大好きで、毎年春先に高知県から無農薬の文旦を取り寄せ、ひたすら皮を刻んで「ストウブ」のオーバル鍋で、1年分のジャムを煮ます。甘すぎず、爽やかな香りでさっぱり! 長年「もう私は文旦ジャム以外はいらない」とかたくなに思い込んできました。
ところが…。ジャム鍋をいただいて、「ちょっと違うジャムも煮てみようか?」と思い立ちました。ちょうど真冬だったので、紅玉2個を刻み、全量の70%の量のグラニュー糖とレモン汁を加えた鍋を火にかけて15分ほどコトコト。たちまちツヤッツヤのりんごジャムが完成しました。ゴロゴロと形が残るぐらいで火を止めたので、トーストの上にのせて食べるとアップルパイのよう! 少量だと、すぐできちゃうのがいいところ。今はいろんな場所でおしゃれなジャムが販売されているけれど、絶対に自分でつくるのが一番おいしいと思います。これに気をよくして次はイチゴを、今度はイチジクをと、いろいろなジャムをつくるようになりました。
旬の果物を使いその都度つくると、季節の恵みを丸ごといただいているような気持ちになります。そして「ああ、私はなんて長年ソンをしてきたのだろう」と思ったのです。「どんな果物より、文旦ジャムがいちばんおいしい」と信じ、「文旦ジャム以外はいらない」と切り捨てることで、私は食通気取りだったのかもしれません。あれもこれも好きというよりも、間口を狭めて「これしか食べない」と言った方がかっこいい…。どこかにそんな気持ちが潜んでいた気がします。
でも、そんなこだわりを手放してみたら、旬の果物のおいしさをあれこれ楽しむことができて、季節の変わり目が楽しみになりました。
きっと私は若い頃、多くの中から「これ」と自分の目で選べる人になりたかったのだと思います。でも今は、目の前においしそうなものを見つけたら、素直に手を伸ばせる人になりたい、と思うようになりました。格好をつけるより、そのときを楽しめたらそれでいいと、小さなジャム鍋が教えてくれた気がします。