●がん手術を終えた祖母は、明るくたくましかった
祖母(当時73歳)に「ここになにかある」と言われ、ごろっとしたしこりを触ったこと今でも覚えています。
当時私はまだ小学生だったので、祖母の入院につき添うことはなかったですが、たまにお見舞いに行くと、抗がん剤で髪の毛は抜け落ち衰弱していた記憶はあります。
しかし祖母は手術後、凄まじい精神力でグングン回復。昔から「戦争を経験してから強くなった」と言っていただけあり、好き嫌いをせず病院のご飯も食べ、腕をあげるリハビリも繰り返していました。
私はその姿を見て育ったからか、「がん」という病気に対して「死」を意識することなく夫のがん闘病生活を乗りきることができたのかなと思います。
●夫・はんにゃ川島さんと祖母初対面の日
すべての画像を見る(全7枚)私にとっては母である祖母に初めて夫を紹介したのは、夫ががんの手術を無事に終えて体調も戻り、結婚が決まったあとのこと。当時すでにホームで暮らしていた祖母に会いに行き、私がサラッと紹介すると、夫は車椅子に乗る祖母と同じ目線になるようにしゃがみ、
大きな声で
「なっちゃんと結婚した川島です」
「今一緒に東京に住んでいます」
「なっちゃんの旦那です」
と何度も自己紹介をしてくれました
話を理解したとき祖母は、「結婚したんか。よかったなぁ」と言い夫に頭を下げて、涙を流し喜んでくれました。
●祖母の葬儀にかけつけた川島さんは…
祖母が亡くなったことを、東京にいた夫に伝えると「お葬式までに一度帰る」と、仕事を調整して実家の岡山まで来てくれました。
お通夜を終え、私が一晩「お線香が消えないように葬儀場で祖母につき添いたい」と話すと、夫は子どもたちを実家に連れて帰り、お風呂や寝かしつけをしてくれました(当時は私のワンオペ育児状態だったので、うれしい出来事でした)。
そして次の日、お葬式を終えると…私が泣いてないのに、夫が私よりもずっと暗い顔で落ち込み、泣いていました。
人が自分より落ち込んでいるのを見ていると「なんかしっかりしなきゃな」という気になり、寂しさや悲しさを吹っきれたのを思い出します。