とある会社の本部長が、ある朝突然、かわいい赤ちゃんに。通常業務を続ける本部長を周囲の社員がサポートするうちに、普段は隠れがちな個々の悩みや価値観、考え方の違いが浮かんでくる様子を、優しい目線かつコミカルに描いたコミック『赤ちゃん本部長』。

アニメ化(3月29日0時40分放送予定)も決定し、ますます注目を集める本作の作者・竹内佐千子さんに、作品の背景や込められた思いを伺いました。インタビュー最後には、第1話の特別試し読みも! ぜひ最後までチェックしてみてくださいね。

『赤ちゃん本部長』表紙
『赤ちゃん本部長』(全3巻)(竹内佐千子/講談社)
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『赤ちゃん本部長』(全3巻) 


著:竹内佐千子 講談社刊
<STORY>
ある朝目覚めると、体だけが突然赤ちゃんになってしまった、株式会社モアイの武田本部長。今までどおり業務を続けようとする本部長だが、“赤ちゃん”だけにお昼寝やおむつ交換、食事のサポートも必要に。そんな本部長をお世話するのは、子育て中の西浦、妻と二人暮らしの坂井部長、独身の天野課長の3人の男性部下。そこに社長や取引先、本部長の娘…と年齢も価値観も異なる登場人物たちも加わり、前代未聞の“社内育児”がスタートする

47歳の部長が、なぜか赤ちゃんに!?驚きの設定に込められた思いとは

まずは本部長が「突然赤ちゃんになる」という着想が生まれた経緯から伺いました。

描き下ろしメッセージ
作者の竹内佐千子さん描き下ろしメッセージ(貴重な2ショット!)

●なにもできない父親って、「赤ちゃんみたいだな」って

――47歳の上司がなぜか中身はそのままで見た目が生後8か月の赤ちゃんになってしまう…。この設定は、どこから生まれたのでしょうか?

たぶん、自分の父親です。家のことは全部妻に任せて、一人ではなにもできない…という典型的な昭和の父親で。見ていて「この人、赤ちゃんみたいだな」と。外でお金を稼いでくる赤ちゃんですね(笑)。ただ、本部長はうちの父よりももう少し常識的で、思いやりがある人物にしていますけど。最初は読み切りのつもりで描いていたので、その先の展開も登場人物も考えていなくて。正直なところ、行き当たりばったりでした(笑)。

『赤ちゃん本部長』1巻P2より
『赤ちゃん本部長』1巻P2より ©竹内佐千子・講談社
――作中で赤ちゃんになった本部長のミルクやおむつ、抱っこなどのお世話をするのは、ほぼ男性社員です。それがごく自然に描かれているのが、とても心地よく感じられます。

描いているときは、「男性に育児をさせよう」と意気込んでいたわけじゃないんです。単に、女性社員が出てきて赤ちゃんの面倒を見ていたら気持ち悪いな…と思って。マンガ的にもぜんぜんおもしろくないですし。でも根底には、「育児=女性がするもの」という固定観念を出したくない、という気持ちがあったのかもしれません。

●ただ「マンガとしておもしろくしよう」とがんばったら、こうなった

――離婚経験のある本部長をはじめ、子育て中の男性カップル、独身のYouTuber…と、さまざまな形の家族が自然に描かれているのも印象的です。

これも「社会的なテーマを掘り下げよう」「みんなでこの問題を考えていこう」という気持ちからではなく、「マンガとしておもしろくしたい」と考えてのこと。彼らがさりげなく出ているのは、私にとっては当たり前のことだから。身近な友達の家庭を参考にしただけなんですよね。

――メンタルの不調による休職から復帰したばかりの人、赤ちゃんの本部長に対して複雑な気持ちを抱いてしまう不妊治療中の人、育休明けでみんなに「えらいね」と呼ばれることに違和感を感じる人など、社員たちのエピソードもリアルで具体的でした。

私自身は会社勤めの経験がないので、友人や父の話、本当にあった実話系のマンガを読んで、「自分だったらこう思うかな~」と、そこから想像を膨らませているんです。

育休明けの人についても、実際にそう話している人に会ったわけではないんですけど、きっとみんなから「えらいね」と言われるんだろうな…と勝手にイメージして。だから、ちゃんとリアルに見えたならよかったです(笑)。

●価値観が違う人には、頭ごなしに言っても仕方ない

――2巻には、価値観が古くて、悪気なくセクハラやパワハラ的発言をしてしまう橘部長が登場します。同じような考え方の親や上司に悩んでいる読者は多そうですよね。

わかります! みんなそうですよね。ただ、実際は橘部長のようなタイプの人に、「こういう発言はやめたほうがいい」と悟らせるのは無理だと思うんです。だから、自分から変わろうとする橘部長は、ある種の“希望の人”。ユートピアみたいな世界なんですよね。

――作中では橘部長の部下が、「知らない世界を否定しない」「自分が正しいとは限らない」「無理に理解しようとしなくていい」「よくないことを言ってしまった後は謝る」と書いたメモを渡します。現実でも、周りのアプローチ次第では聞き入れてくれるのかもしれません。

その発想はとっても前向きでいいですね。たぶん私も橘部長に自分の父親を投影していて、どうにか聞いてもらおうと、頭ごなしではない方法を考えたんだと思います。私は今も両親と3人で住んでいて、9割のことはあきらめても、生活する上で1割は言わなきゃいけないことがある。

たとえば母の具合が悪くて私が看病をしているとき、父に「今日はごはん買ってきてくれる?」と言うと、「分かった、食べて帰るね」と返事がくる(笑)。いやいやそうじゃないでしょ、私たちの食事は!? って。そういうとき、どうすれば父にわかってもらえるのかな? というのはいつも考えています。

――家事や育児についても、作中の世界のようにお互いにフォローできればいいのですが…。どうしたら「家事シェア」ができるかは、ESSE読者の悩みの種でもあります。

うちの場合、母親とはうまくシェアできるけど、父親は「シェア? なにそれ?」みたいな感じ(笑)。させようとしても、やらないし、できない。だから世の中の夫も、やる人は言わなくてもやるし、やらない人は言ってもやらないんじゃないかな。そんなこと言ったら希望がないですけど…(笑)。妻のことも同僚だと思って、一緒に仕事をする感覚で家事や育児もしてくれたらいいですよね。