●発達障害は「助け合い」が大切。妻の恋人の存在に夫は許容

――毎日の連絡で満たされているとおっしゃっていましたが、たとえばお互いの浮気の心配などはないのでしょうか?

弥加:なかなか理解はされにくいと思うのですが、私には東京でつき合っている人がいます。一番長い人で8年目のつき合いです。つき合っている人にも、ほかにパートナーがいて、私はその人とも仲よしです。全員、隠れてつき合うことはしません。私自身トランスジェンダーということもあり、男性と女性合わせて数人の恋人がいます。もちろん、これは相手にも光くんにもわかってもらっていて、グループLINEをつくって会話をしています。

白いぬいぐるみ
弥加さんが現在の恋人からもらったというぬいぐるみ
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隠れて悪いことをしているという感覚ではなくて、みんなで家族のようなネットワークをつくって仲よく過ごしている雰囲気です。光くんは「しがらみを気にせず、子ども時代に戻って、みんなで仲よく砂場で遊んでいる感じ」とよく表現してくれます。

――結婚はしていても、お互いの恋人の存在には許容していているんですね。

弥加:結婚当初の私たちは、まるで母子家庭のような状態でした。私が家事をして稼いで、それだけならよいのですが、光くんに日常生活や仕事のすべてを毎日教えていて、光くんの会社から急に連絡があれば迎えに行き、一体いつ電話が鳴るのかビクビクしながら自分の仕事をしていました。夜は2時間おきに起きる生活でした。これを心理士やほかの人に相談しても「奥さんがしっかりしてれば大丈夫」で終わりでした。
全世界のお母さんたちにできていることが私にはできていなくて、そのとき「一人でいいから夫がほしい」と愚痴をこぼしていました。これは「ほんの一部でいいから、助けてくれる人がほしい」という意味でした。夫でもお母さんでもいいので、ほかに少し助けてくれる人がほしかったです。


その頃、光くんは障害者手帳も取得していませんし、ヘルパーを頼むにもかなりハードルが高かったです。なぜなら、私が狭く深い人づき合いしかできないからです。心が繊細ですぐに人の心を読んで疲れてしまうし、アスペルガーの自分を抑えるのも疲れてしまうしで、極力人と会わずに一人で生活していました。

ただ結婚してからそうはいかず、たくさんの人と関わったことで自分に限界がきてしまいました。だれと話しても「あなたがやればいい」か「離婚しなさい」の2パターンの返事でした。だから私は、私を助けてくれて、私を深くわかってくれて、また相手も私と会うことで心が満たされているという状態の「恋人」が必要で、その形で生活基盤を固めると決めました。世の中の大半の人にできている生活が、私にはできないのだから仕方ないです。普通に暮らせないなら、私のなかでの“普通”をつくるしかない。おもに私の精神的なケアをしてくれる人、それが私にとっての恋人の存在です。

光:現在、僕自身には恋人の存在はありません。つくらないようにしているわけではなく、とくに気にしていない感じです。僕の中では弥加さんが一番で弥加さんのことしか考えていない。だからこそ、弥加さんが幸せならそれで問題ないです。弥加さんの恋人とののろけ話を聞くと、弥加さんが幸せそうでうれしい気持ちになります。

――いわゆる嫉妬心とか、夫である自分自身がそばにいてあげたいという気持ちは?

光:僕自身が弥加さんのすべての助けになれるかというと、それもできない。僕は弥加さんの足を引っ張らないように安心してもらえるように行動するだけ。今はその時期です。だから弥加さんが安心できる人がそばにいて、相手も満たされているなら、それがいいと思っています。

弥加:私たちはお互いに発達障害の特性をもっていて、ベースにあるのが「助け合い」だと思っています。私自身も光くんに彼女ができて、一緒に暮らしてお互いに助け合ってくれていたら安心です。いくらでも交遊を広げてほしいですが、光くんと相手の双方が傷つけあうような相手の場合は、とても悲しく嫌ですね。

光:ただ、僕は恋人が欲しいとは思わないです。僕の幸せは弥加さんが楽しく暮らしてくれることです。また、弥加さんの大切な人は僕の大切な人でもあります。そして、僕の独りよがりで「会いたい」という気持ちもないです。お互いに会いたいと思えば会います。

●周囲の常識は気にしない。精神的に満たされて自由に生きるのが私たちらしい

キッチン
弥加さんが一人で暮らす家のキッチン

――お互いに納得したうえで今の距離感が成立しているのですね。

弥加:光くんであっても恋人であっても、私はずっと一緒にいたりする肉体的距離が近いとすごく疲れて、自分自身が壊れてしまいます。好きな人だととくに疲れてしまう理由は、自分の本音をすべて隠して気を使いすぎてしまうからなんです。今いちばん仲のいい恋人は、私の弱い部分を支えてくれる人で、じつは全員同じアスペルガーの特性を持っています。私は同族意識が強いので同じ感覚をもっている人たちに精神的に支えてもらいながら、なんとか生きている状態で、決してハーレムでぜいたくをしているわけではないです。

光:僕と弥加さんは、表面上は夫と妻だけど、お互いが幸せに暮らしていればそれで満足という感じの家族です。周囲の常識は気にしていないです。

弥加:夫婦2人で暮らしたら幸せ、という世間の常識にとらわれて苦しくなってしまうのは悲しいです。それなら離れていてもお互い精神的に満たされて自由に生きることを大切にしたいです。これが私たちがお互いに納得したうえで、いちばんいい距離感だと思っています。

――今後、2人のなかで結婚生活のビジョンはあるのでしょうか?

弥加:コロナの影響もあるので、しばらくはこのままかもしれませんが、将来的には同居までいかなくても、二世帯住宅みたいな距離感で暮らすのがベストかもしれません。あと、私はキッチンや洗面所などは水まわりだけは自分だけの空間にしたいというこだわりもあります…(笑)。

光:たしかに東京にいた方が今後は便利なので、弥加さんがよければ。そのために今、遠方でできることをやっていきたいと思います。

【西出弥加さん】

グラフィックデザイナー、絵本作家。1歳のときから色鉛筆で絵を描き始める。20歳のとき、mixiに投稿したイラストがきっかけで絵本やイラストの仕事を始める。2014年に『

げんきくん、食べちゃうの?

』を出版、絵本作家デビュー。