かわいらしい顔をした夫のことを心配する人は多くても、しっかりした顔立ちをしている私を心配してくれる人はいない。みんな表面ばかり見て、人に対応している。昔から家族でもかわいがられるのは弟ばかりで、姉である私は放っておかれることが多かったです。

いつも周りから「しっかりしてるから大丈夫よね」と言われ続けた自分が、「頼ってもいいのかな?」と思えた瞬間でした。おまわりさんに感謝です。
そして、私は「普通の夫婦像」を目指さなくてもいいと決めました。結婚とは、夫と妻で対等に並走するという固定観念をもっていました。しかし私たちのあり方は、「親子関係のようなものでもいいかもしれない」と思ったら随分とラクになりました。

●出会った頃に戻ろうと思ったら心は穏やかに

公園にいる様子
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なぜ、夫を子どもとして見ようと思ったのか。それは見たものを見たまま理解する私の脳をごまかすためです。子どもだと思えば、今よりは寛容になれる、できないことができたら成長として見届けられる。お金をこちらが100%負担しても不満は出てこない。少なくとも夫婦になる前は弟のような存在として見ていたので、私は自分にできることをやって、彼のできないことをカバーしていました。それでいいのだと、出会った頃に戻ろうと、泣いている夫を見て思いました。

結婚した当初は、「7歳年下のかわいらしい彼が少し安定したら、離婚して羽ばたいてもらってもいいしな」と考えていたことを思い出しました。しかし、今となっては大切な信頼する「私の夫」になってしまっていたんです。私は多大な期待を彼に寄せていました。私にとってとても大事な人になってしまっていたのです。だから怒ってしまい、悲しんでしまい、憎んでしまった。

夫を息子として見ることを疑問視される方もいるかもしれません。でも私がそう思うことで、自分の心は穏やかになりました。

夫は、「僕が、お母さんって呼んだ方がいいならそうする」と私に言っていました。私も夫のように、素直に相手のいうことを聞けて「なんとかなるよ♪」と考えられるようになりたいものです。

●今でこそ親に感謝。子どもの自分の立場になり夫への伝え方を模索

大人が子どもに教えるときに気をつけなければいけないのは伝え方です。

私は小さい頃から父に「99点は0点と同じだ」と言われながら育ちました。どんなにがんばっても「100点以外はすべてゴミ」でした。毎日自傷するくらいにはつらかったです。子どもの自分は「怒らないで。自分でできるよ!」と親に言いたかったけど、言えなかった。月日がたち、いつのまにか自分の親と同じことを夫にしている自分がいました。反省しています。

しかし、崖から落ちてもはい上がるハングリー精神を鍛えてくれたのはその父親だけでした。父はいつも私に正論を言っていました。
大人になった今は、その部分だけは父に感謝しています。「子どもの自分を抱えさせてごめんね、ずっと一人で矢面に立って闘ってくれてたんだね」と父親に言いたいです。
でも、私は夫に対しては、伝え方を優しくしようと思っています。正論であることと、人に伝えるときの表現は別物だからです。

●夫は資格の学校へ。私は見守る立場に

資格の勉強をする様子

私たちは少し前に東京から地方に引っ越しをして、すぐに夫を資格の学校に通ってもらいました。毎日楽しく通っているようです。私は常に結果ばかり求めるのではなく、過程もきちんと見たいと思いました。

ちなみに夫は相手の気持ちに共感する能力に長けています。人が悲しんでいると、自分も同じくらい悲しんでくれる人です。そして適切な言葉で話しかけて、寄り添っていける人です。そんな夫は、介護や心理系統の方面が向いているんじゃないかと私は考えています。

夫は自分よりずっと秀でた才能を持っています。この魅力と才能を伸ばせるようにたくさんの道を歩いてもらいたい。もし、その道が違うと思ったらすぐに辞めて新しく歩いてもらいたい。「青は藍より出でて藍より青し」と言いますので、今は夫に教えることも多いですが、もしかしたら数年後、逆に私を引っぱってくれるかもしれません。

私たちは私たちの生き方を見つけていきたいと思います。

●西出弥加さんのそのほかの記事はこちら。 夫婦で発達障害、貧困スパイラルに…それでも結婚してよかった 過剰な愛情が”毒親”をつくる?心を壊した私が伝えたいこと

【西出弥加さん】

絵本作家、グラフィックデザイナー。1歳のときから色鉛筆で絵を描き始める。20歳のとき、mixiに投稿したイラストがきっかけで絵本やイラストの仕事を始める。2014年に

『げんきくん、食べちゃうの?』

を出版、絵本作家デビュー。