岡山・倉敷市に暮らす60代のFさん夫妻が新築したのは、現在はウィークエンドハウスとして、リタイヤ後は終の住処として、趣味を楽しみ、穏やかな時間を過ごすための住まいです。アートと緑を愛するふたりの理想の住まいは、大きな屋根に抱かれた平屋のような2階建て。「ゆっくりと時間が流れる空間にいると、それだけで気持ちが変わるようです」(妻)という家を拝見してきました。
すべての画像を見る(全17枚)愛するアートや工芸品に囲まれて過ごしたい
設計を依頼したのは、倉敷市の建築設計事務所・トリムデザインの稲垣年彦さんと大賀環子さん。
「Fさんからは打ち合わせの段階で、暮らしたい家のイメージ資料をいただいたんです」(大賀さん)
それは有名なグンログソン邸やケアホルム邸など、1960年前後のデンマークモダンの名作住宅だったそうです。
「この家には集めた絵画や工芸品を飾って、ゆっくり楽しみたかったんです」(夫)
ふたりは愛するアートや工芸品に囲まれながら、庭の景色も楽しめる落ち着いたリビングを希望しました。
そしてでき上がったのがこの空間。
例えば深く美しい飴色に変化したYチェア、存在感のあるアンティークのキャビネット、それらが新築の家なのに何十年も前からそこにあったようにしっくりと馴染んでいます。
「北欧モダンはそもそも和と相性がいい。民藝と通底するものがありますね」(夫)
日差しの差し込む窓辺には棚を設けて、いくつもの倉敷ガラスの工芸品を飾って。
外光を受けたガラスが美しい空間をつくり出します。
他にも、現代作家の作品からアンティーク、仏像まで、多くのアートがあちらこちらに。
この家にはFさん夫妻が時間をかけて集めてきたものたちの、それぞれの居場所がつくられました。
もうひとつのお楽しみは、夫が希望したHWAM(ワム)の薪ストーブ。
デンマーク生まれの洗練されたフォルムが丁寧に使い込まれた北欧の家具ともよく似合います。
仕上げは、重厚感のあるウォールナットの床、板張りの天井、光を柔かく反射する珪藻土左官塗りの壁など。
自然素材とその質感にこだわることで、空間の質と心地よさが増しています。
【この住まいのデータ】
▼家族構成
60代夫婦
▼家を建てた理由
「現在の家を息子に譲り、夫婦ふたりで趣味を楽しめる家が欲しかったこと。
また自然が豊かな公園も近隣になる環境が気に入って」(夫・妻)。
「火をゆったりと眺められる薪ストーブを設置したかった」(夫)
▼住宅の面積
115.31㎡(34.88坪)平屋建て2LDK+WIC
散歩の途中で見つけた、セカンドライフに理想の土地
自営業の夫とそれを手伝う妻は、結婚してから仕事も生活もずっと一緒。
休日も一緒にギャラリー巡りや散歩へ出かける仲のよい夫婦です。
そんなFさん夫妻が終の住処を探し始めたのは数年前のこと。
いつもの散歩コースの公園近くに約100坪ほどの土地を見つけました。
鳥のさえずりが聞こえ、緑も多いその場所は、落ち着いたセカンドライフを送るのに理想的な場所だったといいます。
当初、夫妻は庭に近い暮らしが楽しめる平屋を希望していました。
しかしこの土地は風致地区内にあるため、建ぺい率や緑化面積指定、形態意匠の調和など厳しい規制があります。
そこで稲垣さんと大賀さんは、建ぺい率を考慮し一部分にだけ2階を設け、建物全体を大きな屋根で覆い、一見平屋のようにも見えるデザインに。
印象的なのは、室内から連続した梁でつくった3mもの深い軒。
この軒を設けることで、広いテラスが庭と室内をつなぎ面積以上の伸びやかさを感じる空間となったのです。
玄関アプローチには地元の作家による倉敷ガラスをはめ込んだオリジナルの鉄製格子戸を。
こんな細かな部分にも夫妻のこだわりが感じられます。
LDKの中央にキッチンを配し、テラス越しに庭を眺める
間取りはといえば、短い動線で使いやすく家事がこなせるようLDKの中心にキッチンを配置。
ここからバックヤード、洗面・浴室、リビング、2階へとスムーズに移動できるようになっています。
キッチンから見えるのが、様々な樹木が植えられた庭の風景。庭は、近隣の植栽とも調和し、近くの公園まで連続するイメージでつくられました。
「好きな場所はキッチンの隅っこです。なんか落ち着くんですよね」と妻。
テラスや庭を眺めながらのキッチンでの作業は最高に気持ちよさそうです。
キッチンの横に設けられた2階へ続く階段。段差が少なくスロープのような緩やかな階段に設計されています。
この先の2階は寝室と書斎だけのコンパクトな空間です。
コンパクトな夫の書斎には、書籍やジャズ、ブルース、クラシックのCDやレコード、オブジェなど、お気に入りのものだけをコレクション。この部屋の造り付けデスクから外の景色を眺めるのも心安らぐ時間だとか。
天井が低めで落ち着いた寝室からも、庭の緑や公園の木々が望めます。
「朝、鳥のさえずりや公園の大きな木々のざわめきで目を覚まします。この家ではそんな優雅な朝が迎えられるんです」(妻)。
トイレスペースも広く取り、アンティーク家具を置いておしゃれな空間に。
空間のアクセントになっている照明「しゃぼんランプ」も地元のガラス作家によるものとか。
浴室のハイサイドライトからは光がこぼれ、夜には月を眺めることもできるそうです。
肌触りが滑らかで保温性にも優れたホーロー製の浴槽もお気に入り。
「いつかは建築家に家を設計してほしいと思っていました」というFさん夫妻。
実は家を建てるのは2回目で、初めて家を建てたのは30代。
住んでみてから「ああすればよかった」と思うことがたくさんあったそうで、そんな思いが結実したのがこの家です。
「今の住まいから遠くないのに、この家に来るだけで気分が変わります」と夫。
現在は土曜の朝に訪れ、この家でスローな週末の暮らしを楽しんでいます。
※情報は「住まいの設計2020年4月号」取材時のものです。
設計/トリムデザイン
撮影/八杉和興(本誌)
画像提供(一部)/トリムデザイン