●感動の対面も…。お互いを忘れてしまった両親

父・正一さんが特養に入ったあと、叔母の相子さんは一人で暮らしはじめました。ところがその3か月後には、相子さんも同じ特養に入ることになりました。一人暮らしを続けるのは難しいと、ケースワーカーから連絡があったからです。じつは相子さんも認知症を発症していました。

こうして2年の間に、母・勝子さん、父・正一さん、叔母・相子さんが次々と認知症を発症し、同じ特養に入所しました。勝子さんと正一さんは、正一さんが入所したことで2年ぶりに顔を合わせたそうです。じつは正一さんは勝子さんが入所してから一度も面会に行っていませんでした。

「父は弱ってしまった母に会うのが嫌だったんです。偉そうにしていたのに、男ってだらしないですよね(笑)」(孝昭さん)

勝子さんと正一さんが久々に対面したとき、二人とも相手が自分の結婚相手だとわからなかったそうです。それでも二人は楽しそうにおしゃべりを続けたといいます。そのときの様子を、美奈代さんが施設で働いている友人から聞いていました。

男性と女性隣同士で座る
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「二人で話しているうちに、どちらも子どもが二人いるって盛り上がったそうです。それで母が父に『お子さんのお名前はなんていうんですか?』と聞くと、父が『孝昭と美奈代っていいます』と答えて。すると母が『うちの子も孝昭と美奈代なんです。子どもの名前が同じなんて、奇遇ですねえ!』と言って、二人で楽しそうに笑い合っていたんですって」(美奈代さん)

その後も勝子さんと正一さんは、互いに夫婦だとわからないまま、二人で仲良く過ごすことが多いのだそう。もともと夫婦仲はよかった二人。「相手が誰だかわからなくても、やはり気が合うんでしょうね」と美奈代さんはいいます。

さらに最近では、母の勝子さんが、正一さんが自分の夫だと思い出してきたそうです。正一さんは勝子さんのことを思い出さないままですが、勝子さんが悲しそうに感じている様子はなく、相変わらず仲良しなのだとか。

●毎月25万円の費用負担をすることに。それでも施設に入れてよかった理由

特別養護老人ホームの利用料は財産や収入によって異なります。勝子さん、正一さん、相子さんは月に15万円程度の利用料となり、三人分を合計すると約45万円。そのうち半分弱の約20万円は三人の年金で賄っていますが、残りの25万円は孝昭さんが支払っているそうです。

それでも孝昭さんと美奈代さんは、両親と叔母を施設に入所させてよかったといいます。

「母が父のことを思い出すなど症状がよくなってきているのは、きちんと栄養管理をしてもらって、快適だからだと思うんです。『親を施設に入れるなんて』といった考えの人もいるかもしれませんが、専門家の助けがなければこの環境を両親に用意できなかったと思います」(美奈代さん)

孝昭さんも、両親と叔母を見て認知症に関する認識が変わったと言います。

「以前は認知症になると『かわいそう』だと思っていました。でも両親は思い出せないことがたくさんあっても、以前と変わらず仲良く暮らしています。嫌なことは忘れてしまって、楽しいことだけを考えて暮らしている。これもまた幸せの形なんだと、最近思うようになりました」(孝昭さん)