同じ話を繰り返されたり、昔のようにスピード感のある意思疎通ができなかったり。高齢の母親と接するとき、ストレスを感じてしまう人は少なくないのではないでしょうか。優しくしたいのに、優しくできない。そんな母親とのつき合い方について、著書『母のトリセツ』(扶桑社刊)で、脳科学的な視点から論じているのが脳科学者の黒川伊保子さん。詳しく教えてもらいました
すべての画像を見る(全3枚)高齢の母親とのつき合い方。「ありがとう」と「ごめんなさい」のサンドイッチは無敵である
「子ども産んだほうがいんじゃない? そろそろ結婚したほうがいいと思うよ?」
そんな母親のお節介なアドバイスに反論しても、母親はさらなる熱量で追撃してきます。どう対応すればいいのか、困っている人も多いのではないかと思います。
「こういうときは、『そうね、私もお母さんみたいに幸せにならなきゃね。ありがとう』と受け流し、『口ばっかりなんだから』と言われても『心配かけてごめんね』と返す、というテクニックがあります。心だけ受け止めて、事実は無視する。これって、取りつく島がないでしょう?」とは、黒川さん。
母親という生き物は、「気持ち」さえ受け止めてもらえば、「事実」は意外と見逃してくれるとのこと。子育て中の女性脳の脳は、本能的にプロセス重視の神経回路を重点的に使っていて、結果重視の回路は二の次。思ったよりも結果にこだわらない脳なんだそうです。
「母親と真っ向から勝負して、言われたことに反論したり、やらない理由を論知的に述べたとしても、母親に勝てやしません。母親は、結果ではなく、心で会話をしてくるからです。心だけ受け止め(『母さんの言う通りだね、ありがとう』)、心にだけ謝る(『心配かけてごめんね』)。こっちの気持ちや事情はあえて言いません。勝てない相手をかわすには、これが一番いいです」
●母親との会話は「情報交換」ではなく、「情を交わすもの」
また、お節介なアドバイスに加えて、老いた母親特有の「繰り返される同じ話」にイライラしてしまう、という人も多いかもしれません。じつは脳科学的に見ても、ばりばり家事や仕事をこなす現役世代の娘や息子が「同じ話を繰り返されること」にストレスを感じるのは当然なのだとか。
「現役世代の娘や息子がビジネスや家事の現場で使うのは『ゴール指向問題解決型』と呼ばれる脳神経回路です。つまり、常に『ゴール』を重視した脳の使い方をしているので、結論のない話は苦しいし、結論を出したのにそれが帳消しになることは、もっと苦しく感じます。だからこそ、同じ話を聞かされると、『それはさっき聞いた』。同じ質問をされると『それはさっき言ったよ』と、つい目くじらを立てたくなるのは人情なのです」
ただ、母親との会話の最中に「それは聞いた」を繰り返しては、二人の間に流れる空気も悪いものになりがちです。そこで、大切なのは「母との会話にゴールを目指さないこと」。
「老いたお母さんが、同じ話や質問を繰り返して、イライラしたときは、ぜひ思い出してください。『この会話の目的は何か』を。母と子の会話は、ある時期から、情報交換する会話ではなく、情を交わす会話になります。たとえば、私の母も今年90歳を迎えて、最近は短時間で同じ話を繰り返すようになりました。でも、90歳の母と交わす会話に、ゴールは必要ないと考えています。母との会話の目的はただ一つ。母を癒すこと。たとえ、愚痴だったとしても、私は何度も聴いてあげるようにしています」
母親との会話で必要なのは「情報」や「理解」ではない。そう考えれば、母親が話を繰り返すのに直面しても、機嫌よくつき合ってあげることができるはずです。