新型コロナウイルスの感染者が国内で急増し、「不要不急の外出」の自粛要請が出されている昨今。この自粛の波は、子どもを望む不妊症・不育症治療中の人たちにも影響を及ぼしています。
実際に治療をしていた当事者からの声と、不妊・不育症患者の支援に取り組んでいるNPO法人Fineの代表・松本亜樹子さんに詳しく教えてもらいました。

夫婦と医者
すぐにでも子どもが欲しいのに…治療延期を勧められて…(※写真はイメージです)
すべての画像を見る(全2枚)

不妊・不育治療は「不要不急」?日本生殖医学会の声明が波紋に

4月1日、日本生殖医学会は「新型コロナウイルスの予防薬や治療薬が開発されるまで、不妊治療の延期を推奨する」旨の声明を発表しました。これを受け、体外受精や人工授精、胚移植といった治療の延期・休止を促すクリニックが増加しています。
松本さんは、現状をこう語ります。

「感染の不安はもちろん、治療を休んでしまうことでさらに強いストレスがかかってしまっている患者さんの声をよく聞きます。なかには『採卵を含めて延期可能な治療については延期を推奨』とするクリニックも存在し、これが不妊症・不育症患者の間で大きな波紋を呼ぶことになったんです」

●不妊治療患者の悲痛な声。「年齢的リミットがある妊娠。時間がないんです」

実際にクリニック側のこうした動きを受けて、治療にあたっている人たちの声を聞いてみました。

「不妊治療を『不要不急』かつ『自己都合』と思う方もいるかもしれませんが、自然妊娠が難しい人にとっての治療は『必要至急』です。コロナの感染はたしかに怖いけれど、妊娠や出産がこの先できなくなるかもしれないことがなによりも怖いと思う人がいることも、理解してほしいです」(Aさん・33歳・治療歴2年半)

「妊娠率や流産率を考慮すると、少しでも早い治療が望ましいはず。私の場合は高齢なので、治療に頼らざるを得ません」(Bさん・41歳・治療歴7年)

「私は28歳ですが、卵巣年齢は40代なかば相当とクリニックに診断されました。閉経が早いことが予測され、早急に採卵を何度もしなくては妊娠が難しいんです。なかなか妊娠できないことでメンタルが疲弊している患者への配慮がたりないように思いました」(Cさん・28歳・治療歴1年半)

妊娠や出産には適齢期・年齢的なタイムリミットがあるもの。急がざるを得ない患者にとっての不妊治療の自粛は、難しい問題です。

●治療継続を希望しても却下…「延期推奨」の域を超えた医師からの圧力

ちなみに、学会の声明は、「可能なものについては、不妊治療の延期を推奨する」という話であり、強制力のあるものではないようです。当然、感染防止を徹底しつつも、これまでどおり治療に応じるクリニックもあります。しかしながら、治療の継続を希望してクリニック側から却下されたり、半強制的に治療を諦めざるを得ないという患者もいるのも事実。

「タイミング法(排卵日を狙って性交渉する方法)や人工授精は中止、採卵はOKだけど移植は延期推奨という対応をされました。推奨とはいっても、強めの推奨のような雰囲気で言われました」(前出のAさん)

「不妊治療に必要な薬を処方してもらえなくなりました。『コロナは長期化する可能性が高いし、もっと年上の患者も延期しているから我慢すべき』『ここは僻地だから、地域の医療崩壊をさせないため。ハイリスク妊婦になって、総合病院に入院する可能性があるあなたは妊娠を控えるべき』と医師に言われ、絶望しました」(Dさん・39歳・治療歴2年)

かつて自身も不妊治療を経験した松本さんは、「新型コロナウイルスが妊婦や胎児に及ぼす影響は未知数なので、医師が慎重になる理由もうなずけます」と理解を示します。
「しかし不妊治療が受けられなければ、当事者のご夫婦は『子どもがいない人生を送ることになるかもしれない』という絶望感も抱えてしまうのではないでしょうか」

●自然妊娠はOK?不妊治療だけが制限を受ける対応に不満の声も

一方で、こうした状況下でも、治療をせずに自然に妊娠する人もいます。治療をして妊娠するのも、自然に妊娠するのも、妊婦にとっての感染リスクは大きいわけで、そこに疑問を抱く声もあります。

「『コロナウイルスの治療薬アビガンは妊婦に使えないから不妊治療は延期』と担当の医師に言われたのですが、それなら自然妊娠も一緒では? 『不妊治療だけがNG』という対応に違和感を覚えます」(前出Dさん)

こうした現状の不妊治療問題に関し、松本さんはこう語ります。

「時間的リミットが迫っている患者さんのなかには、『人工授精や体外受精という治療させてもらえないなら、自己流のタイミング法で妊娠するしかない』と焦る方もいます。ただ、現在治療薬として試験中のアビガンは妊婦禁忌の薬で、胎児の奇形をもたらす可能性があるという情報もあるというのを含めると、今妊娠すること自体の安全性が危ぶまれるという話にもなり得るわけです。『一般の人の自然妊娠はOKだけど、不妊・不育症治療中の人は妊娠してはいけない』というような対応になってしまうと、そこに差別感を感じたり、困惑したりする患者さんも出てくるのではないでしょうか」

●「治療をしても、休んでも地獄」コロナ禍で頭を悩ませる当事者たち

泣く女性に寄り添う男性
妊娠は諦めなければいけないの…? そう悲しみに暮れる患者さんも多いです(※写真はイメージです)

学会やクリニックが不妊治療延期を推奨するのは、もちろん理由あってのこと。前述のアビガンの影響も含め、妊婦はコロナに感染しやすいのか、重症化しやすいのか、胎児にどんな影響を与えるのか…。諸々のリスクは今後の報告例待ちです。

「子どもの健康や命が脅かされるリスクまで考えると、しばらく治療は見送るべきだろう」「でも半年や1年待った末に年齢的なリミットが来て、子どもを諦めざるを得なくなるのも怖い」という葛藤を、患者さんは抱えています。

「クリニックのすすめもあり、今周期は治療を見送って新型コロナ感染拡大の推移を見守っています。ただ、年齢的な焦りや、長年大金をかけて体外受精にトライし続けたこともあり、一刻も早く授かりたい思いは消えません」(Eさん・39歳・治療歴5年)

「私は3回流産した“不育症”の患者で、今後は着床前診断を受けるべく体外受精に挑もうと思っていました。でも通院先で治療できなくなる可能性も出てきたうえに、仮にコロナに感染して4人目の子まで失うことになったら…と思うと妊娠も怖いです。とはいえ治療できず歳を取るのを待てば、卵子も老化し、出産できなくなる可能性も上がる。八方塞がりです」(Fさん・31歳・治療歴3年)

治療して妊娠できてもコロナに怯える妊婦生活が、治療しなければ、このまま子どもをもつことが夢で終わるかもしれない…。不妊・不育に悩む患者にとって、今は「進んでも進まなくても地獄」ともいえる状況です。

こうした患者の葛藤や、病院側からの望ましい対応について、松本さんはこう語ってくれました。

「不妊・不育症患者さんは、新型コロナによる母子への影響を非常に心配していますが、一方で治療延期を促されれば、焦りや不安を感じてしまうのも当然の心境だと思います。子どもを産める最後のチャンスを逃すかもしれない、と考えてしまうのですから。
そもそも不妊治療をすればすぐ授かるとは限りませんし、採卵や移植までに数年かかるケースも多いのです。また、患者さんは当然ながら一人ひとり状況も違うと思います。だからこそ不安でいっぱいの患者さんの気持ちに、できる限り寄り添って気持ちを聞いていただき、相談しながら進めていただきたいですね」