37歳でステージ4の悪性リンパ腫と診断され、42歳のときあらかじめ凍結していた卵子を使って出産。そんな若年女性がん患者のケースを紹介します。妊娠するために必要な能力(妊孕性・にんようせい)を温存する「妊孕性温存療法」について、監修者のローズレディースクリニック院長・石塚文平先生による解説も。

入院中の女性
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41歳でがんが再発しても持ち続けた妊娠の夢

宮子さんがステージ4の悪性リンパ腫が寛解したのは37歳。モデルとして働く彼女は仕事に復帰して、一旦は平穏な日々を取り戻します。恋人はいなかったので、本格的に婚活をはじめようかと思っていた矢先、41歳でがんの再発を告げられます。

「定期的に受けていた検査で、がんが膀胱の近くに浸潤していることが発覚。しかし、きちんと検査を続けていたことで早期発見することができました。タイミング悪く検査と手術がコロナ禍と重なってしまい、東京に1人で入院することに。それでも、地元にいる家族や友人達の励ましもあり、検査の痛みにも耐え、無事手術も成功。約半年の治療を経て再び寛解しました」(宮子さん)

2度目のがんが寛解してまず考えたのは、以前凍結していた7個の卵子と、結婚・妊娠の可能性についてでした。

「卵子を凍結・保存するには、当然のことながら卵子保管費用(※)がかかります。当事の私は、恋人がいない41歳。結婚や妊娠などの将来への夢よりも、治療に専念すべきかもしれない、という迷いもありました。しかし、『ママになる』という将来のヴィジョンが捨てきれなかったことに加えて『できるだけのことはやってみよう。それで無理であれば諦めもつく』という持ち前のチャレンジ精神に背中を押され、友人の紹介を受けたり、アプリを利用して婚活をはじめました」(宮子さん)

※卵子の個数により決定。およそ1回の採卵で保管したものに対し毎年5~15万円

半年後に夫となる男性と出会い、結婚

結婚式
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婚活は決してトントン拍子で進んだわけではなく、落ち込むこともありました。それでも諦めずに続けていたところ、半年ほどした頃に、後に夫となる年下の理系会社員・洋介さん(仮名)と出会います。

「彼と婚活アプリで出会い食事をするようになってから『どのタイミングで自分の病気についてカミングアウトをするか』非常に悩みました。結局、初対面では重すぎるという思いもあり、告白されそうな気配」を感じたタイミングで病歴について説明しました。彼はあっけらかんと『大丈夫」と答えて、次の日に交際を申し込まれました。『2人に1人ががんになる時代。僕もいつかはなるかもしれない。気持ちは変わらない』という、頼もしい言葉にも励まされました」(宮子さん)

出会いから4か月後に2人は晴れて夫婦になり、宮子さんは卵子を凍結しているローズレディースクリニックの門を叩き妊活に挑みます。

妊活と並行してのがん治療は「任せる」ことに徹する

家族
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妊活中は、がん治療を行った順天堂大学病院の血液内科と、ローズレディースクリニックで情報を共有し、双方の医師の話をよく聞き「プロに任せる」ことに徹したそう。

「高齢出産で既往歴があるということを意識し、自分の全身の状態を極力整えながら、信頼できる医師の言葉に従い、スピーディーに意思決定をすることを心がけていました」(宮子さん)

そして、42歳・2度の抗がん剤治療後と、非常に難しい状況でしたが、なんと1回の顕微授精で妊娠し、43歳でプレママ生活に突入します。出産に対しても万全なサポート体制を整えることを意識し、夫と離れて地元に帰省することを決めます。

「1度目のがん治療で順天堂病院から地元に転院した際に治療を受けた『石巻赤十字病院』で出産することにしました。がん既往歴についても熟知しており、NICUなど設備も整った総合病院ということがいちばんの決め手です。実家も近く『もしものとき』にサポートを受けられる環境を優先しました」(宮子さん)

妊娠中は免疫を落とさないように、ストレスを減らすことを意識して実家でゆっくり過ごしていた宮子さん。2023年の4月に、元気いっぱいの男の子が誕生し、夫婦や親族で協力しあいながら穏やかに子育てを楽しんでいます。

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