日本を代表するアイスダンス選手として活躍した「かなだい」こと村元哉中さんと高橋大輔さん。 2人の結成から引退までの道のりが、美しい写真の数々とともに収録された唯一のオフィシャルブック『村元哉中 高橋大輔 かなだいのキセキ』(扶桑社刊)が発売されました。彼らを長年取材しているライター・田村明子さんによる本書のためのロングインタビューで、知られざるエピソードの数々が明かされています。その中から、結成に至った初めてのトライアウトの様子をご紹介します。

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村元哉中さんと高橋大輔さん
村元哉中さんと高橋大輔さん(Photo:Yasunari Kikuma 『かなだいのキセキ』より)
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高橋さん「チャレンジするなら最後のチャンスという気持ちはありました」

――どのような経緯で声をかけたのか教えてください。

高橋:僕は2018年にシングルで競技復帰したけれど、濱田美栄先生には以前からずっと「アイスダンスをやりなさい」と言われていた。「いえいえ、僕シングルで復帰したばっかりですよ。やらないです」と言っていたんです。

村元:そこまで大ちゃんが濱田先生にアイスダンスをやったら、と言われていたのは全然知らなかったです。(中略)ただ、大ちゃんに声をかけるのは、2018年全日本選手権が終わるまで待とうというのは決めていたんです。声をかけたのは2019年の1月。ちょっと考える時間がほしいと言われて、答えを聞いたのは7月でした。

高橋:(声をかけられて)最初は「え? なに考えてんだろう」という感じでした。彼女はオリンピアンだったけれど、僕はアイスダンスはまったくの初心者だし、年齢も年齢で。なに言ってるのかなと。でもシングルで復帰はしたものの先は見えていましたし、新しいチャレンジをするのなら年齢的にもこれが最後のチャンス、という気持ちはありました。

かなだい演技中
Photo:Keiko Asakura 『かなだいのキセキ』より

村元:2019年の5月ぐらいに大ちゃんに再び気持ちを聞くために、また連絡をしました。そしたら(アイスショー『氷艶』のリハーサルで)新潟の合宿に行ったときに、トライアウトをしてみようということになったんです。だれにも見られないように早朝に行ったら、もうアイスダンスの靴とブレードを用意してきてくれてました。それを見て結構真剣なのかなと、自分の中ではびっくりしたことを覚えています。
そのときが勝負だったから、こっちはもうガチガチに緊張していて。ここでいかにアイスダンスのよさを伝えるかというプレッシャーの中で、靴を用意していたというので、一つふっと気持ちが楽になったんです。

高橋:アイスダンスの靴は、僕がオーダーしたとわからないよう内緒で調達してもらっていました。とりあえずダンスをやるならダンスの靴にしなきゃ、と。形から入るタイプなので。シングルの靴でやっていいものではないと思っていたので、用意して行きました。

村元さん「初めてアイスダンス用の靴をはいたときは、本当に滑れなかったです」

かなだい演技中
Photo : Keiko Asakura 『かなだいのキセキ』より

――アイスダンスの靴は、シングルの靴とどのくらい違うんですか?

村元:全然違います。私は初めてアイスダンス用をはいたときは、本当に滑れなかったです。靴のエッジが短い分、シングルと重心が違うんです。後ろも短くて、シングルよりも全体的に短いので、バランスもどこに重心をおけばよいのか…。エッジの長さも違うし、トウ(ピック)も小さいし、生まれたての小鹿みたいな状態でした。
またスピンはアイスダンスの場合、2人でやるので重心が自分の中ではなく、2人の間にあるのでそれを探るのがとても大変でした。

高橋:靴の違いというのは、僕の場合はあまり感じなかったけれど、トウピックがないのはちょっと苦労しました。滑ること自体はそんなに変わらなかったのですが、ツイズルのやりにくさに驚きました。
ブレードが短いので早く回っちゃう。短いので逆にやりやすいだろう、簡単にできると思っていました。こんなにもバランスが難しいのかと…。ぐっと重心をかけると、全部早く行っちゃうんです。自分が思っている感覚より早くグーッとカーブしてしまう。ダンススピンは本当に苦手で慣れるのに1年半くらいかかりました。靴はすぐ慣れたけれど、スピンは今でも苦手です(苦笑)。