●延命処置をするかしないか。どちらを選んでも後悔は残る

母は60代のときから治療を続けていた緑内障が80代で進行。ほとんど見えなくなりました。耳も不自由になりはじめ、認知にも混乱が。病院や施設など、家と違う環境に行くとつじつまの合わないことを言うようになりました。

コロナ禍で見舞いにも行けず、スマホやタブレットでリモートお見舞いしようにも、目も耳も不自由ではかなわず。母はさぞ、さびしかっただろうと思います。それでもコロナが落ち着いたタイミングで、仲よしの妹(私の叔母)たちを連れてお見舞いに行くこともできました。

いよいよ母の状態が思わしくなくなったとき、施設の方がこれから訪れるであろう『看取り』について、丁寧に説明してくださいました。

「ここで看取ることもできます。病院へ移すこともできます。どちらになさいますか?」
病院では何らかの延命処置が施されます。水分が足りなければ点滴、栄養が足りなければ鼻などからチューブ…というわけです。

「こちらの施設では延命治療はしません。木などが枯れゆくように、人として命が終わっていくのに任せます」

そして「枯れるがままに終わっていく(老衰)のが、おそらく本人にとっては一番苦痛が少ないと思いますよ」とも。

2022年12月、母はその介護施設で亡くなりました。

●いちばん身近で大切な母を失ってしまったけれど…

コロナ禍で会えない時期があったからでしょうか。今でも、あの施設に行けば母に会えるような気がします。介護の在り方は人それぞれ。正解も不正解もありません。私のような状況の人ばかりでもないでしょう。けれど、だれもが年老いて、いずれひとりでは暮らせない状態になることだけは変わりません。

女性
毎朝母に挨拶します。お茶が大好きだった母に、かならず朝の一杯を。私がご飯を炊いたときは、母にも。お墓は本人が不要だというのでつくらず、仏壇は「ニトリ」で買ったもの。位牌とおりんは仏具屋さんで買いましたが、香炉は100円ショップの小鉢です
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母ひとり、子ひとりで暮らしてきた20数年。だんだんと弱っていく母を見ていくのは悲しかったし、この先自分だけになってしまうこともさみしかった。それでも、母は私に弱っていくさまを見せてくれて、この先の心構えをさせてくれました。なにものにも代えがたい、彼女が最期に遺してくれた大きな遺産です。

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