●「前」は、未来も過去も指す

64の前の数字を示す図
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今井:「子どもが14人並んでいる文章題」では「前」ということばが使われていますね。このことばはじつは曲者です。
「前」ということばを文脈で正しく理解するためには、自分の枠組みではなく、問題の出題者が「前」と「後ろ」についてどのようなメンタルモデルをもっているかを推論する必要があります。自分のメンタルモデルと出題者のメンタルモデルが食い違うことがあり、そうすると、答えは間違ってしまうのです。

この間、「前」のメンタルモデルの食い違いによって起きた興味深いエピソードを知りました。算数のドリルをやっていた子どもが、「64の前の数字はなにですか?」という問題に、「65」と書いていた、というものです。大人なら63と答えるのが当たり前ですが、それはことばの使い方の慣習を知っているからにすぎません。
子どもは「前」と言われても、なにを基準に前と言っているかわからないと正しく答えられないのです。

為末:65と答えた子どもはどういうイメージだったのでしょうか?

今井:その子は数字が小さいほうから大きいほうに向かって並んでいるイメージをもっていました。そうすると子どもにとって進行方向、すなわち大きい数字のほうが前というイメージになります。
こうしたことばは子どもにとって本当に難しく、小学1年生はカレンダーの1週間前と1週間後ということばにも混乱します。実際、ことばはときには、とても意地悪です。私たちは直感的に、未来は前にあると思います。「未来に向かって前進しよう」「過去は振り返らない」などと言いますよね。
その一方で、1週間前というのは逆方向の過去のことなのです。ですから、その文脈では前をどのように定義するかという規範を知らないと使えないわけですが、それは教えてもらえません