暮らし上手な方々が時間をかけて見つけた「買ってよかったもの」は、暮らしをぐんと快適にしてくれます。今回は、もの選びに定評のあるエッセイスト・石黒智子さんが、使い続けたいアイテムについて教えてくれました。
年を取っても持てる軽いものこそが一生もの、ずっと大切にしてきたものこそが本物
もの選びの達人、70歳の石黒智子さん。もの選びに向き合ったからこその、「一生もの・本物」についてのエッセイを寄稿してくれました。
●100円のほうき自体は一生ものではありません
すべての画像を見る(全3枚)掃除道具の取材で机の下を帚(ほうき)で掃く写真をカメラマンが撮っていたときに編集者が「腰が痛くなりませんか」と訊きました。「痛くなったら、すぐにやめますよ。そのために掃除機とモップもあるのですからね。私は毎朝4時半に起きます。最初にすることはパソコンを立ち上げてメールのチェックです。そのときに机の下に綿埃(わたぼこり)を見つけます。部屋は全体が汚れるのではなく、人の居るまわりが汚れます。机の下や台所です。だから、朝はそこだけを帚で掃きます。掃除機ではうるさくて、安眠中の家族を起こしてしまうでしょ」と答えました。この帚は長さ65cm、180gと軽く、しかも100円です。使っていくうちに先が反ります。ひどくなる前に水をスプレーして乾くまで外に吊るしておくとまっすぐに戻ります。短く薄くなってきたら新しい帚に替えて、庭帚に下ろします。天然素材だけで作られているので、そのまま燃えるごみ収集に出せます。
夫が留守でひとりの時間に掃除機を掛けます。私が留守のときには夫がします。床面積100平米を充電式掃除機でことが足りるのは、帚があるからです。100円の帚自体は一生ものではありません。せいぜい3年です。でも、この軽さなら90歳になっても持てます。ストックもあるので、一生使っていきたいと思う道具のひとつです。
●赤い色のアクリル軍手は毎年お正月に新しくする
台所道具の取材でアクリルの軍手を鍋つかみに使っている写真を撮っているときに「熱くなりませんか」と訊かれました。「汚れたら洗うから1年ぐらいで薄くなって熱くなってきます。熱いと思ったら二つ折りで使って、そろそろ取り替えです」と答えました。鍋つかみはたくさん使ってきました。市販のオーブングローブは私の手には大き過ぎるので、キルトで手作りしたり、厚手の布巾で代用したりして、あるとき、厚手の綿の軍手が使えるのではないか、と閃ひらめいたのです。手が入りやすいように手首のゴムを引き抜いてゆるゆるにしました。綿は麻や化学繊維より熱伝導率が悪いから鍋つかみには最適な素材です。しかもサイズも厚みも選べ、洗って使えるのでいつも清潔で気持ちがよかった。
ところが、ある日、中華鍋を持っていたガス火から燃え移りました。それまでは焦げることはあっても、燃えることはなかったのでびっくりしました。
手首がゆるゆるだったから、すぐにシンクの中に振り落とせて火傷(やけど)はしなかったものの、ゴムを引き抜いていなかったらと思うとぞっとしました。油が染み込んでいたのです。化学繊維の軍手は燃えやすい心配があって選択肢の中に入っていませんでした。でも、綿の軍手に燃え移るのならアクリルの軍手と同じじゃないかと発想の転換。思い出せば、市販のオーブングローブも手作りのミトンも厚手の布巾にも燃え移ってあちこち焼け跡を残しました。
試しに、赤い色のアクリル軍手を使ってみました。すると綿より手が入りやすい。なんといっても色がきれい。燃え移らないように気をつけて使っています。まだ大丈夫と思っても180円ぐらいで買えるから毎年お正月には新しくして、古いほうは庭木の剪せん定ていのときの軍手に使います。うっかり置き忘れても真っ赤な軍手はすぐにわかります。これもストックを持って一生使いたい。