●遊びにも“努力”が必要だったあの頃

――「努力」の時代だった、ということでしょうか?

錦織一清さん
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錦織:まあ、ちょっと「少年隊」とかジャニーズ事務所とかいろんなことがリンクしてくるけど、遊びの文化として、子どものときにディスコが流行ったんだよね。ただ、僕らってのは、ちょっとディスコが下火になった頃に成人しているんです。

ディスコブームのときの先輩たちの遊び方っていうのは、少しでもステップが踏めないと恥ずかしい。だから、ちょっとはステップが踏めるようにならないとディスコには行けないわけ。遊びに対しても努力があった時代だよね! バイトしてでもシャツ1枚買っていかないと、ドレスコードで弾かれちゃったりもするしさ。ジーパンなんかはいて行けないんだから。遊ぶためにも努力してた。

昭和の遊びは、それを取り入れて、ものにしなきゃいけないみたいな時代でもあったのかもしれない。だって、僕らが幼稚園ぐらいのときは、中山律子さんがボウリングブームを起こした時代。ボーリングもうまくなるまで努力がいる遊びじゃないですか? 確かにそういうものがいっぱいあったんだな、と思う。

錦織一清さん

錦織:今はゲームも変わってきたよね。僕たちのときにはブロック崩しとかしかなかったのが、中学の時にやっと「スペースインベーダー」になった。それが、もう本当に革新的に、どんどんどんどん変わってって。それが、ロールプレイングゲームだなんだってなっていって、いまやバーチャルになってきた。

僕は昭和のインベーダーゲームをやっていた中の1人ですから、“インベーダーチルドレン”。でも、インベーダーを一面クリアするのにも、コツがあったりとか、あれも努力じゃないかな? 今は家庭でゲームをする時代だけど、僕らのときってゲームをするのに100円かかってた。下手くそだと、一面消せないうちに100円ダメになるんですよ。昭和はそんな時代だったよね。

錦織さんが過ごしてきた“昭和時代”の日々は、『少年タイムカプセル』でも多く語られています。中編では、ジャニーさんとの思い出を振り返っていただきました。近日公開予定なので、こちらもぜひお楽しみに!

少年タイムカプセル

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