●当時、離婚した女性は色眼鏡で見られて

中道さん
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中道 私は、平野先生のお店の「ニューヨークスタイル」という言葉にものすごく魅かれたのです。同じチーズケーキでも、「ニューヨークスタイルは違うわ」って(笑)。平野先生のお教室でつくり方をマスターしたら、「絶対に私もカフェオーナーになれる」と信じて疑いませんでした。
結局カフェオーナーにはなれませんでしたが、あのとき、平野先生からケーキづくりを習っていなかったら、料理ブロガーとしてのスタートはきれなかったかもしれません。
ところで、平野先生は京都にお生まれだから、アメリカのケーキに対するなじみはないわけじゃないですか。

平野 そう思われますよね。京都は和菓子と抹茶のザ・和の世界のイメージですが、じつは幼稚園のときの親友がアメリカ人のロビン・ウッドちゃんでした。彼女のおうちを訪ねると、見たこともない大きな冷蔵庫はあるし、ママは大きくて甘い美味なるクッキーをおやつに出してくれるし。能装束の商家だった我が家とはまったく別世界です。強烈な印象だったので、アメリカのお菓子は心の奥にずっと残っていたのだと思います。

中道 私がお菓子教室に通っていた当時、京都にニューヨークスタイルのカフェがあるのは、斬新でしたよね。今だったらさほど珍しくないのかもしれませんけれど。だから、先駆者になるのは、どれほど勇気が必要だったことかと思います。周囲から、「あそこの娘さん、あんなことしはって」と言われますよね、きっと。

平野 その通りです。「よう、まぁ、やらはるわ」って(笑)。それに当時はね、離婚した女性は「出戻り」と言われて色眼鏡で見られていたのですよ。私の自意識過剰かもしれませんが。

中道 あー、出戻りですか…、それは厳しいですね。

平野 出戻りと揶揄されるのはとても嫌だったから、実家の世話にならないように「早く自立しないといけない」とずっと考えていました。