●「ブサイクでかわいそう…」と暴言を吐く祖母

女性
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そして、子どもたちに手をあげるのは父だけではなく、祖母もだった。プライドの高い人で、母のことが大嫌い。子どもが5人いて、二女と長男への風当たりが強かったのは、母と顔がよく似ていたという理由からだ。

長男は生まれたときから色黒だったのだが、生後1週間の赤ん坊に向かって、「母親に似て肌が黒くて、ブサイクでかわいそう」。そう言い放ったのを聞いて、幼心にゾッとした。私は父と母のパーツがうまい具合に混ざっていたおかげで助かったのだと、少し成長してから気がついた。

三女と二男の2人はというと、隔世遺伝なのか父方の祖父によく似ていた。祖父は父が大学生のころに蒸発したそうで会ったことはないが、写真を見ると大変美しい顔立ちの人だった。

だから祖母は三女と二男をとてもかわいがった。そして、私と比べ、「あなたはブサイクでかわいそう」と言われて笑ってしまった。本当にそんなことを言う人がいるんだなあ、と今でも思う。大してかわいくもない子どもだった私は身を守るために、ひたすら父と祖母のいうことを聞いていい子にしていた。

結果、自分が殴られたくないために、妹や弟が暴力を奮われていても助けようともしなかった。結果、私だってあの父や祖母と一緒なのだ、という罪悪感が年々強くなっている。そんなことをいまさら言っても偽善でしかないのだけれど。

●今察する、母親が助けてくれなかった理由

悩む女性

そして、こういうときに出るのが「母親はなにをしていたのだ、助けなかったのか」という声だ。私も思っていた。「どうして母は私たちを助けてくれないの?」と。ときには、味方だと思っていたのに裏切られることもたびたびあった。

しかし一方で、母自身も暴力の被害者だった。子どもを助ければ、自分が殴られる。口汚い言葉でののしられる。自分を守るために仕方がなかった、と言えば、ひどく無責任な母親だと思うかもしれない。

でも、自分を楯にして子どもが守れるほどの強さもなかったのではないか、思考力も低下していたのではないか、とも思う。逃げればいい、というのも厳しい。祖母に「家から出すのが恥ずかしい」と言われて仕事をすることを禁じられて、財産も取り上げられた状態でなにができるのか。

母は、父と祖母がすべての家の中で、逃げることも考えることさえも奪われていたのかもしれない。

●自分の存在を消さなくていい。そう気づいた

夫婦

結婚をし、実家を出てから10年以上がたつ。結婚式を挙げるとなったときに、父は「お金がかかるから出たくない」と言ったので、私は「出なくていい」と答えた。そして両親不在で式を挙げた。夫も、それならうちも呼ばなくていいかとなり、結局こじんまりとした式を挙げたのだけれど、それで本当によかった。きっと、父がいたら、結婚式はさんざんなものになっていたはずだ。

そこから少しずつ、家でも自由に呼吸ができるようになった。息をひそめなくていい、自分の存在を消そうとしなくていい(余談だが、存在を消そうとする術がうまくなりすぎたのか、現在でも無意識のうちにやってしまい、「印象が薄い」と言われてしまうことが多くて悲しい)。

それでも、ふとしたときに、しんどかった記憶がよみがえり、気持ちが落ち込む。世の中にある嫌なニュースは、父や祖母がしていたことにリンクしすぎる。不倫報道さえも、しんどくなる。

きっと、そんな人は多くいるのではないだろうか。これから先、そのような悲しいニュースが、そして、苦しんでいる人ができるだけ少なくなることを祈ってやまない。