作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。 今回は、私たちの暮らしを支えてくれるお店についてつづってくれました。

暮らしっく
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第60回「暮らしの中の商店」

●お惣菜屋に頼るのも暮らしの工夫

くたくたで駅から下りて、私の足はおばちゃんのお惣菜屋へ直行する。すでに4、5人並んでいて、小窓からお客さんに袋を渡すおばちゃんの笑顔が見える。良かった、今日もやってるやってる。

「はい、いらっしゃい。何にしましょ」

焼き魚、ひじきの煮物、かぼちゃの煮物、きんぴら、ゴーヤーチャンプル、肉じゃが、メンチカツ、アジフライ…店頭のガラスケースには、おふくろの味がずらり。初めて来たときは、年季の入った店構えに大丈夫かなと思ったりしたが、地域の人に愛されていることは行列で一目瞭然。

並んでいるお客さん同士も顔見知りで、

「今日はキスの天ぷらがあるそうなのよねえ」

「あれ絶品ですよねえ」

なんて、給食を待つ子供みたいだ。

キスの天ぷら? 店頭には並んでないけどなあ…。私の順番になっておばちゃんに

「あのう、キスの天ぷらってあるんですか?」

と尋ねると

「あるよ。キスとね、しいたけ、なす、ししとう、それから、ハスもあるよ」

どうやら、今揚げたばかりのようだ。裏メニュー的に、店頭に出ないものがあるんだと知った。

美味しい。びっくりするくらい美味しい。その美味しさの半分は愛情でできているのだ。スーパーなどのお惣菜って味付けが濃いことが多いのだけれど、おばちゃんのは母が作ったのみたい。初めて食べたとき、もう毎日ここに通おうと思ってしまったくらい、安心できる味だった。

そういうわけで、原稿がたまってしまったときや、打ち合わせが続く日はこのお惣菜屋さんに頼る。この連載では手作りの醍醐味を紹介してきたけれど、時には誰かに助けてもらうこと、頑張りすぎないことも暮らしの工夫だと思う。

お惣菜
おばさんのお惣菜で昼食

この間は、イワシの塩焼き、揚げ卵、エリンギベーコン、しいたけの肉詰め、カキフライをチョイス。これで550円だから安いよねえ。

持って帰って、次の打ち合わせまでの30分の間におばちゃんのご飯をいただく。どれもまだ温かく、一人で食べてもおばちゃんの手のぬくもりを感じる。今、同じ釜の飯を食べている人が近所にいっぱいいるのだと思うと、なんだか私は嬉しくなる。おばちゃんは、この街の胃袋を支えている。