●消費者として商店街を守っていきたい

東京に出てきて驚いたことの一つが、商店街が機能していることだった。地元でも、子供の頃は商店街で買い物をしたし、商工会の縁日にいったりもしたけれど、郊外に大きなショッピングモールができるにつれてシャッターが目立つようになった。

商店街
大阪の商店街
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一方、東京の商店街は活気にあふれていた。それは私が想像していた東京の暮らしとは真逆で、ぬくもりを感じられる場所だった。多くの人が車中心の生活ではないから、駅周辺の商店が変わらず愛されているのだと気づいた。何度引っ越しをしても、どの街にも商店街があった。豆腐屋、お惣菜屋、自転車屋、肉屋、八百屋、和菓子屋…生き生きと商品を作り売っている職人さんの姿を見ていると食欲が湧いてくる。明日もがんばろうと思える。

もう1軒、一風変わったコンビニが近くにある。酒屋さんだった店がコンビニになった…というのはよく聞く話だが、現在も日本中のクラフトビールや世界各地のビールが置いてあるのだ。そして恵比寿のビールサーバーがあって、生ビールまで飲めるのだ! この店がある限り、私はこの街に住み続けるだろうなあ。夏の夕方、ふらっと生ビールが飲める喜びといったらない。珍しい日本酒も置いているので、友達への贈り物もここで揃う。店主の個性が出まくっているコンビニって、面白いよねえ。

日用品もできるだけここで買う。そりゃあスーパーに比べたら少々高いけど、「好きなお店は近所の人で守っていかなきゃねえ」と、お隣さんとよく話す。

私達消費者が守っていかなくては、街はどんどん大きい方大きい方へと変わっていくのだろう。現に、東京も上京した15年前と比べると豆腐屋や和菓子屋といった昔ながらの商店は少なくなった。コスパを求めるとどうしても大型スーパーにはかなわない。けれど、歳をとって移動できる範囲が限られたとき、近くに商店がなくなっていて困るのは私達だ。

何より、お金では変えないぬくもりや安心感がある。

「雨が降りそうですね」「しばらく見なかったけど元気でしたか?」「お、今年も梅漬けるんですね」

そんな何気ない会話で保たれたり癒やされたりする。都会の中の地元を作ってくれている人々なのかもしれない。