各地で社会問題となっているあき家。総務省の調査によるとその数846万戸以上(2018年)と年々増加傾向に。そんなあき家問題に取り組んでいる、東京都北千住のプロジェクトをご紹介します。
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築60年以上の生家があき家になったことがスタートのきっかけにオーナーに負担をかけないあき家の修復は基本的にスタッフ&関係者で実施千住地域に開かれた街と関係性を持てるものを創造していく若手クリエーターらが集う「千住88か所」をつくり、地域の価値を高めたい築60年以上の生家があき家になったことがスタートのきっかけに
東京都の北東部に位置し、江戸時代に日光街道・奥州街道の最初の宿場町として栄えた足立区の千住地区。JR常磐線や東京メトロ千代田線、東武伊勢崎線やつくばエクスプレスなどが走り、それらが交差する北千住駅を中心に広がるエリアです。JR常磐線を挟んで西側は、東京大空襲の際に焼けてしまいましたが、東側は被害が少なく大正時代の建物や蔵などがまだまだ残っています。
あき家問題というと、地方の話だと思いがちですが、千住でもあき家は増えているとか。「千住には細い路地が多く、再建築不可という物件がたくさんあります。しかしあき家が増えているいちばん大きな原因は高齢化そのものですね」と話すのは千住芸術村の代表・加賀山耕一さん。
加賀山さんは6歳まで千住で育ち、その後40年間この地を離れていましたが、洋品店に貸していた店舗兼住居である生家が2004年にあき家になり解体する話が持ち上がったので、再び千住との縁が戻りました。
ちょうどその頃、東京藝術大学の音楽環境創造科の新しいキャンパスが千住に開校することを知り、生家を取り壊すのではなく学生たちに貸すことに決めたそう。大学の掲示板に賃貸の募集を出し、最終的に音楽科や建築科の学生5人の入居が決まりました。
入居が始まってからの約1年間は、とても大変な思いをしたという加賀山さん。学生たちが通りを歩く人に向けてオペラを披露したり、水をまく演劇パフォーマンスをしたりなど、斬新な活動はおもしろかったのですが、近隣への告知や挨拶不足から苦情が寄せられたのです。新興宗教の施設になったのではないかと疑われたこともあったそう。
近隣住民と学生の間に入り、苦情への対応に心を砕きましたが「学生たちの表現することに対するありあまる情熱、そして街にそぐわないなんともいえない違和感に面白さを感じました。私の言うことに一切耳を貸さない学生らに対抗心が芽生えて、もう1棟あき家を再生してリベンジしたい気持ちがふつふつと湧いてきて2棟目を探し始めたんです」。
築80年以上の長屋は元駄菓子屋で、5年以上あき家状態でした。現在はアーティストの緒方綾乃さん運営の「家劇場」として多岐にわたるイベントに場を提供中です。
取材時にはNPO法人Support for Woman’s Happinessによる「青のラオス展」が開催されていました。
オーナーに負担をかけないあき家の修復は基本的にスタッフ&関係者で実施
2009年にNPO法人千住芸術村を設立。2棟目は、築60年以上の元精肉店のあき家の再生に取り組みました。足立区協働推進事業に申請し、3年間継続の助成金を得ることに成功。しかし、2年目には助成金を出すはずの足立区協働推進課がなくなってしまい、たったの1年で終了してしまいます。
元精肉店だった物件。現在は陶芸家の瀬川辰馬さんの工房「Organon」に。
「結果としてはよかったです。助成金をもらおうとすると、申請書に書いた通りにやらないとダメ。途中で改善点や新たなアイディアが出てもやれないんです。でも、お金もらえるんだから、まあいいかとなってしまう。逆に税金で事業している訳だから、当時ぜいたくなウナギは食べられなかったですね」と笑う加賀山さん。
助成金が打ち切られたあとは、自己資金と、入居者である美大生やアーティストを中心としたセルフリノベーションで物件を再生。現在までに10棟を手掛けてきました。ほとんどが、物件の持ち主と入居者との間に千住芸術村が入るサブリースという形態を取っています。
「昨今サブリースって言葉のイメージが悪いから、正々堂々とまた貸しですってオーナーさんには話しています」。
オーナー側からすれば、長くあき家だった物件をいざ賃貸に出そうとすると修繕に何百万と出費がかかってしまい、それが大きな障壁に。千住芸術村では、オーナーによる初期投資はゼロを基本に進めています。あき家に残る大量のゴミを廃棄処理し、古い畳は剥がし、腐食した土台はつくり直す。最低限のインフラの修復は千住芸術村で行います。
「普通の賃貸の場合、壁にくぎを打ってはいけないとかいろいろ制限がありますが、オーナーさんの理解を得られれば、そのあたりは住む人の自由なDIYにゆだねています」。
ただし、入居者がセルフリノベーションする際、壁紙や化粧合板を使うのはNG。古い土壁もできる限り修復して生かし、床は無垢の木材を使用するなど、物件本来の姿や自然素材にこだわって進めています。
「入居したときよりも価値が上がるように。未完成をずっと続けている、アップデートし続けていくというイメージですね」。
一度にすべてを完璧にしようとすると費用がかかります。でも、自然素材を使っているから材料費はかかりますが、少しずつならみんなで協力しながらやっていけばなんとか回していけると加賀山さんは話します。
「まず最初に天井、壁紙などあとから追加されたであろうものは全部はがしてしまいます。建物をすっぴんにして、その素顔の美しさを生かす再生しかしないですね」
7棟目の築90年以上の二軒長屋(写真左)。天井をはがして出てきたのは家を長年にわたり支え続けてきた立派な柱と梁。千住芸術村が2棟目に手掛けた元精肉店から出た産廃処理の様子(写真右)。傷んでいた畳をすべてはがして、2階の窓から搬出し産廃処理業者のトラックへ。
千住地域に開かれた街と関係性を持てるものを創造していく
あき家の再生にとどまらず、千住の街において、芸術を学ぶ学生やアーティストと街との関係を紡ぎ続けている千住芸術村。「足立区・ビューティフルウィンドウズ運動」の推進キャラクターのデザインコーディネートや、北千住駅東口ロータリーでの「コドモーレ!」などの、地元商店街の依頼を受けたイベント企画運営のほか多岐にわたる活動を続けています。
2018年6月に千住旭町商店街で行われた「デコかさワークショップ」。
2015年10月24・25日に開催された「コドモーレ!」。子どもたちが夢中になるイベントが多数。
2015年7月、千住あずま児童館にて「海の中に遊びに行こう!」を企画運営。
「生家をきっかけにあき家を再生し、多くの美大生らと接して気づいたのは、アーティストとしての才能は溢れんばかりにあるけど、発表の場がない、ということ。若い人にとって共通の悩みなのかもしれませんが、発表の場や、実際の仕事に結びつけられるようなつながりをつくれないかなと試行錯誤しましたね」
また入居者である学生やアーティストたちには、年に1回は子ども向けのワークショップなど地域に開かれたイベントを行ってもらうようにお願いしているそうです。
若手クリエーターらが集う「千住88か所」をつくり、地域の価値を高めたい
現在までに10棟を再生してきましたが、1棟1棟それらのあき家を借りるまでにはそれぞれに長い道のりがあったそうです。また今も地道にそして長期にわたりオーナーひとりひとりと話をしています。
初期に比べて実例が見せられるようになったことで、多少オーナーが話を聞いてくれるハードルが下がりましたが、あき家だからといってすぐに貸してもらえるものではありません。
「オーナーにもそれぞれ家庭の事情があるので、こちらの説得によってなにかが変わるかというとそうでもないです。相手の状況が変わって、機が熟すのをただ待つのみですよ」
じつはもともと芸術に造詣が深かったわけではなかったという加賀山さん。法人を設立する際、千住芸術村という名前をつけたのは、1棟目の学生たちの、破天荒で魅力的な芸術の力こそ新たな街おこしにつながると気づいたから。
「芸術に限らず、芸能、踊り、書道など、地域の子どもたちに、ちょっとのぞいたらなにかおもしろいことやってるなと思ってもらえるような、そんなおもしろい若者たちが活躍できる街こそ底力のある街だと思っています」
千住芸術村6棟目は、紙の箱を制作する元・町工場(写真左)。2018年、美術家の関川航平さんが入居。工作機具などで床がまったく見えない状態でした。2020年の様子(写真右)。関川さん自らがリノベーションを行い、「以外スタジオ」として運営中です。
7棟目の10年以上あき家だった二軒長屋は、2019年に1年間限定で路地裏美術館「ROJIBI」としてオープン。同年7~9月開催の「妖怪屋敷・武本大志彫刻展」(写真左)。同年11月に開催された18人のクリエイターによる「いすイス椅子Chair展」(写真左)。
千住芸術村が目指しているのは、88か所のあき家再生を行うということ。なぜ88か所なのかというと、過去に加賀山さんが3度巡ったという四国でのお遍路の経験が背景にありました。
「千住というエリアは荒川、墨田川に囲まれて閉じられた川中島みたいな地形で四国を連想したんです。千住を訪れた人がお遍路さんと同じように、道中に縁を感じられるような街になればいいなと思って。次の1棟、その次の1棟と歩みはゆっくりですが、お遍路と同じでいったん歩き始めたら、ほめられてもけなされても、一歩一歩前に進むしかないですからね」
●NPO法人千住芸術村
2009年設立。東京都足立区千住地域のあき家などを再生させ、美大生や若手クリエーターが活動する「千住88か所」をつくることを目標に活動中。同時に作品の発表の場を設けたり、各種イベントを企画運営し、地域の子どもたちに芸術や文化に接する機会の提供にも力を入れている
家具屋イヱノ
加賀山さんの生家だった店舗兼住宅を東京藝大の学生5人がリノベーション。「おっとり舎」として再生後、現在は家具作家の石渡信之さんの工房「家具屋イヱノ」に
Organon
元精肉店のあき店舗。東京藝大生や美大生らの手で「スズロハコ」としてオープン。現在は陶芸家の瀬川辰馬さんの工房「Organon」に。1階は工房兼陶芸教室、2階は事務所兼住居
ベジモア
オーナーからの依頼を受けた築70年以上のあき家。東京藝大生らにより「アートスペース ココノカ」としてスタート。現在は「ベジモア食育協会」が食育活動の場として利用中
写真提供/NPO法人千住芸術村、アートスペース ココノカ、Organon、家具屋イヱノ byイシワタ民具製作所、Support for Woman's Happiness
※情報は「リライフプラスvol.38」掲載時のものです