入浴と運動で気をつけたこと

●フィンランド人が愛するサウナ風を導入!

サウナ
すべての画像を見る(全6枚)

摂取量を抑えるのも限界があります。なんとか汗をかいて脂肪を燃焼させないといけないと思って行きついたのが、「サウナ」です。

フィンランドの家庭にはサウナがほぼ常設されているほど普及しています。フィンランドへ行った際、サウナでたんまり汗をかいて、マイナスで凍てつく外気を浴びて(または湖に飛び込んで)、またサウナに戻るを何度も繰り返し、日本でも着目されつつある「サウナで整う」を経験しました。本来なら、湯船に5分も入ってられない私ですが、その喜びをサウナが教えてくれました。

とはいえ、日本の自宅にサウナはありません。あのフィンランドのサウナで汗かくのをなんとか再現しようとして、湯船にフタをして湯気が立ち込めるのをサウナとして捉えることにしました。今まで5分程度しか湯船に浸かってられなかった私も、脂肪が燃焼するイメージを強く持ち、1時間程半身浴できるようになりました。サウナで学んだ「無理をしない」を導入して、少しでもつらいと思ったらサウナのように湯船から出て少しクールダウンして、再度また入浴するを繰り返しました。

iPhoneも大いに助けてくれました。湯船の半分にフタをおいて、タオルで包みながらiPhoneで映画鑑賞したり、仕事のメールをしたり。コロナ禍で増えたオンラインセミナーを拝聴したり。じっとしてられない性格の私も、長時間入浴できたのはiPhoneのお陰です。

そして、お風呂場にこもるメリットは、ほかにもありました。私はストレス耐性が弱いので、少しでもストレスを感じた瞬間に、そのストレスをお菓子など食べることで解消しようとしていました。しかし、お風呂場だと手に届くところにお菓子がないので、ついつい口に入れちゃうというのを回避できます。自分の特性を知って、環境を整えるというのはとても大切なことだと気づくことができました。

具体的には、夜1時間~2時間、朝1時間程入浴するのが、私のリズムです。多忙になってくると入浴ができなくなると、体重が落ちないばかりか、増加傾向に…。仕事とのせめぎ合いです。

●自然の中で自己と対話する毎日のルーティンを導入!

子どもと鳥

飽き性の私は、毎日同じルートで通勤することもできません。同じことをするのが苦手な体質のうえに、運動するのが嫌いで、ランニングとかジム通いなんてまったくできないと思っていました。

しかし、なんとか運動して消費カロリーを増やさなければ、いくら摂取カロリーを減らしても、食いしん坊の私は体重の減少傾向をつかめない。さらに、子どものステイホームでの運動不足を懸念して、遂に近所のランニングコースでキッズと一緒にランニングを始めました。

ランニングコースは1周300mで、最初は1周、翌日は2周と徐々にランニングの距離を増やしていきました。無理すると途端に嫌になってしまう性格なので、決して無理しないように心がけました。最後には小学生低学年の2人とともに、10周の3kmを走れるようになりました。

嫌々走り出して気づけたのが、自然の豊かさでした。他愛もないランニングコースでも四季の移ろいでさまざまな花が咲き乱れており、また月の満ち欠けも発見できました。同じ時間に同じ場所でいることで、逆に自然の変化を発見できたことが新鮮でした。フィンランド人もよく森の中を散歩します。少しそんな彼らの価値観に気づけた気がします。

さらに、ランニングはやせることよりも多くのことをくれました。姿勢がよくなったのです!

元々運動せず家から一歩も出ないことも珍しくない私は、猫背であることは認識していたけれど、ランニングすると身体が整っていき、必要なところに筋肉がつき、姿勢がよく走りやすいフォームになりました。やせることよりも、猫背を直したいという点で、私は今後ずっと走り続けたいとさえ思っています。

そして、3kmを20分程度で走るのは、自己と向き合う大切な時間になりました。10周のうち、4~7周が非常にキツく、やめようかと悪魔がささやき始めます。しかし、心を無にして走り続けると、やがては10周完走できる、を毎日繰り返します。

その10周はまるで人生を凝縮しているようで、さまざまなことが学べます。湧き上がってくる自分の感情とのつき合い方、自分をコントロールするやり方です。20分という時間自分との対話がすることで、アイデアが整理できたり、くよくよ悩んでいることがどうでもいいことだと思えるようになりました。

フィンランドの冬は寒くて暗くて長く、孤独な時間が長いのが特徴。フィンランド人が「孤独」や「沈黙」を好んでいる理由が少しわかりました。東京での暮らしは、刺激が多くあまりに多くのことを詰め込んでいるので、月はおろか自分と向き合うことすらできずに日々流れていました。

たった20分、すべてを断ちきって自分と対話する時間をもつことは、「やせる」ことより優先すべき「整う」ことだと感じています。

フィンランド人が愛する「Less is more」(少なければ少ない方がよりいい)は、こういうことなのかと体感できました。沈黙がある方が、より大切なことが浮き彫りになる、というような印象です。