新型コロナウイルス禍における緊急事態宣言は解除されましたが、私たちの「新しい日常生活」は始まったばかり。在宅勤務を採用する企業が増えた結果、さまざまな手続きが以前のようには進まなくなりました。
そんな状況下で、期限のある相続手続きを順調に進められるのでしょうか。
相続の問題に詳しい司法書士の鈴木敏起さんに、50代の主婦・上坂玲子さん(仮名)という方を事例にして、コロナ禍における相続手続きと遺産分割協議について聞いてみました。
商売をしていた兄が突然死…。コロナ禍における相続手続きと遺産分割協議
玲子さん(仮名)は50代の主婦。兄が急な病に倒れ、令和2年4月某日に亡くなりました。兄は独身、子どもはおらず、両親もともに亡くなっているので、兄の相続人は玲子さんと、もうひとりのきょうだいである姉です。
兄は商売をしていました。コロナによる外出自粛は、兄の商売にも大きく影響していたようです。「資金繰りがもうどうにもならない…」兄は亡くなる直前、ずっとこう漏らしていました。玲子さんが兄を励まし続けたのも束の間、兄は急な病であっけなくこの世を去りました。
兄は、玲子さんに全財産を相続させるとする遺言を残していました。両親が亡くなった際に、兄は実家の土地建物を相続しており、これを玲子さんに託したかったのでしょうか。しかし、玲子さんは、商売をしていた兄の負債が気になるようになりました。
「そういえば、兄は、資金繰りに苦しんでいたはず。取引先に、支払っていないものはないのかしら。銀行からの借入れをしていたりしたのかな」
負債が大きく、支払いきれないものであれば、3か月以内に相続放棄をしなくてはいけないと聞いたことがあります。
玲子さんは、兄の負債調査や預金調査をすることが先決と思いました。
●コロナ禍における相続財産調査は遅れがち…
しかし、銀行の勤務体系もコロナシフトを敷いており、通常、1週間もあれば確認できる預金の残高証明書の交付請求は、3週間はかかるというアナウンスを受けました。
負債の調査はどうしたらよいのでしょうか。玲子さんは、自分一人で行うのは限界を感じ、地元のS司法書士事務所に相談することにしました。
司法書士Sからは、負債の情報を取り扱っている信用情報機関への調査をすすめられ、その調査代行業務を同事務所に依頼しました。通常は1週間ほどで得られる情報が、やはりコロナによる遅延で、2週間以上かかるかもしれないとアナウンスを受けました。
相続放棄の3か月の期間を超えても大丈夫なように、S司法書士は家庭裁判所に対し、期間を伸ばす(3か月→6か月)手続きをしてしてくれました。
●コロナ禍の不動産売却、価格はどうなる?
玲子さんは、兄の負債を実家の売却代金で支払えるものなら支払いたいと心に決めていました。相続放棄は、仲のよかった兄との関係を否定するようで、できればしたくありません。
兄の負債調査と預金調査を終えたところ、次のような数字となりました。
・負債 △1230万円
・預金 30万円
・実家の査定を不動産会社2社にお願いしたところ、約2000万円でした。
しかし、このコロナ禍で、不動産市況も冷え込んでおり、コロナ前の感覚ではじいた売却見込み価格は、大きく割り込む可能性も。場合により、下限として1500万円くらいになるかもしれないということです。それでも、負債を上回るだけよいと思いましたが、ひとつ、気がかりなことがありました。
●姉に遺産を分けてあげたい!そんなときにできること
姉はシングルマザーで、大学生の息子がいます。学費を出すために姉はフルタイムで働いていましたが、コロナ禍における雇用調整で仕事がなくなりました。息子も学費を補填しようとアルバイトを一生懸命していましたが、こちらもコロナで仕事がありません。姉の家計は大変なことになりました。
玲子さんとしては、兄の遺言にはすべて玲子さんに相続させると書いてあっても、実家の売却代金は姉に分けてあげたいと思っていました。
S司法書士に相談すると、遺言を使わずに遺産分割協議を行えば、贈与税などの無駄な税金をかけずに、姉にも実家の売却代金を分けることは可能と言います。
姉は実家の売却手続きどころではないので、玲子さんが実家の名義を相続し、姉には金銭を分配する方法(代償金)をとることにします。
では、姉にどのくらいの代償金をあげられるでしょうか。売却価格が出るまでは、玲子さんも迂闊に決めることができません。一方、姉は、当面の現金が必要で、実家が売れるまで待っていられそうもありませんでした。
●姉に玲子さんのお金を貸し、実家を売却することに
「姉を助けてあげたい!」
と思った玲子さんがS司法書士に相談すると、さらに次のような提案をしてくれました。
・売却可能価格を仮に下限の1500万円とし、負債に充てる約1200万円を差し引いた300万円を、姉への代償金(分けてあげるお金)として仮に設定し、売却できるまでの間は、姉への貸付けとしておく。
・実際に売却価格が出たのち、代償金を決めて遺産分割協議を行い、実家を玲子さん名義とし、売却手続きに臨む。
玲子さんには多少の貯えがあったので、先に姉に300万円を工面してあげて、売却に臨むことにしました。
「こんな方法があったのか。やはり自分だけでは知識がなく、手続きもできなかった」と玲子さん。
相続財産調査、不動産市況もコロナの影響を色濃く受けるなか、姉との遺産分割協議を行い、実家の売却代金で兄が世話になった取引先への未払金を返済する、という次のステージに進む段取りをつけることができて、今、少しほっとしたところです。
相談する際には、既存の経験にとらわれず、コロナ禍において現場がどうなっているのか、そこに関わる人間の感情や生活環境の変化にも感性が働く専門家に、相談したいものです。