日本人は海外でも「それっぽい玄関」をがんばってつくる
すべての画像を見る(全6枚)ところが、そんな暮らしのなかでも、日本人としては、どうしても日本の“玄関”をつくりたくなってしまうんです。
私に限らず、日本人の住宅にお邪魔すると、不思議なくらいみんな“玄関”をもっています。
ドアをあけたらすぐにリビングが見える間取りなのに、棚やラックでゆるく空間を仕切っていたり、小さなマットを敷いて「ここで靴を脱ぎます」といった雰囲気を出していたり。
鏡や観葉植物を置いて、“玄関”の雰囲気をつくっている家もありました。そもそも玄関として設計されていない間取りなのに、靴を置く場所をちゃんと決め、外と家の中を分けようとしてしまうのです。
私自身も引っ越すたびに考えるのは、「そうだ靴を置く場所をつくらなくては」ということ。マットを敷き、スリッパ代わりになるものを探す。海外にいるのに、結局いつも日本の暮らしを再現しようとしている自分がいます。
おそらく日本人は、空間を整えることで気持ちも整えているのかもしれません。部屋の中に小さな境界をつくることで、「ここからは安心していい場所」と、自分に言い聞かせているのでしょうか。
他人の家では土足なのに、自分の家だけスリッパ問題
さらに不思議なのが、海外の土足文化に対する自分の感覚です。
海外で友人の家に行けば、普通に土足で過ごしています。ソファに座って、おしゃべりして、ごはんを食べて、そのまま帰る。
最初は抵抗があったはずなのに、人の家だと意外と慣れてしまうのです。それなのに、自分の家だけはなぜか違う。ドアをあけた瞬間、「あ、靴を脱ぎたい」と思ってしまう。なんの決まりもないのに、自然とスリッパに履き替えたくなるのです。
考えてみると、日本人にとって床は特別な場所かもしれません。
床に座る。ゴロンと寝転ぶ。洗濯物をたたむ。布団を敷いて眠る。つまり、日本人は、床そのものを生活空間として使っています。だからこそ、床を清潔に保ちたいし、外の汚れを持ち込みたくない。そして安心してくつろぎたい、という感覚があるように思います。
海外ではソファ中心の暮らしが多く、床に直接座ることはほとんどありません。そのため靴のままでも、日本ほど気になりません。同じ家でも、くつろぎ方が違い、玄関にそこまで意味をもっていないのかもしれません。
海外の友人を家に招いてびっくり
おもしろいのは、海外の友人も、日本文化を意識してくれることがあることです。
以前、家に遊びに来たときのこと。まだドアもあけきっていないうちから、なんと玄関の外で靴を脱ぎ始めたのです。「日本人の家だから、脱ぐんでしょ?」と。
「えっ、そこで!?」と私のほうがびっくりしました。「大丈夫、大丈夫! 入って入って!」と言ったのですが、日本の“玄関”のイメージが強いようで、とても遠慮がちでした。
●国ごとに異なる履き替え文化
また、日本の家ではスリッパを置く機会が多いです。来客用、トイレ用、ベランダ用、お風呂掃除用…と、用途別にあることを話すと、とても驚かれます。
「全部別?」「なんのため?」「トイレ専用?」と質問攻めです。しかも、「じゃあ家族は同じスリッパを共有するの?」と聞かれて、逆にこちらが答えに困ります。
たしかに改めて考えると、日本人の“履き替え文化”は、かなり細かいのかもしれません。でもその細かさの中には、清潔にしたいだけではなく、場面ごとに気持ちをきり替える感覚がある気がします。
一方で、海外でもスリッパ売場を見かけることがあります。どの国でもリラックス用のルームシューズを履く人はいるようで、ふわふわしたルームシューズやサンダルは普通に売られています。
ただ、日本のように“玄関で履き替えるため”というより、リラックスするアイテム感覚で使っている人が多いようです。同じスリッパでも、その意味は少し違うように思います。
ちなみにタイにも、“ここで靴を脱ぐ”という感覚がある場所があります。日本ほど厳密ではないようですが、マッサージ店や寺院などで、入口の外に靴棚や靴置き場が設けられているのをよく見かけます。
実際、私の部屋に修繕に来てくれた工事の人や管理人さんも、ドアの外で静かに靴を脱ぎ、靴下のまま部屋に入ってきました。
靴を脱ぐことは、安心して休めること
海外に出て暮らしてみると、日本にいた頃には当たり前すぎて気づかなかったことが、急にはっきりと見えてきます。玄関やスリッパも、そのひとつでした。
日本人は、「靴を脱ぐ」という行為に、思っている以上にたくさんの意味を込めているのかもしれません。清潔でいたい。きちんとしていたい。外の疲れを持ち込みたくない。
そしてなにより、玄関で靴を脱ぐことで「ここからは安心して休んでいい」と、自分をほっとさせたい。そんな空気がつまっているのだと思います。
国が変わると、「心地よさ」の形も変わります。それでも私は、たぶんこれからも海外で“玄関”をつくってしまい、段差もないのにマットを敷いて、靴をそろえるのだと思います。



