「わかる」「わからない」のスイッチをきり替える
すべての画像を見る(全5枚)朝は白がゆの上に梅干しをひとつのせて、味つけ卵を添えて。これにキウイとオレンジをプラス。昼は野菜スープやラタトゥイユとバタートースト、ドライフルーツを入れた豆乳ヨーグルトを。夕飯以外の食事は、ほぼ毎回同じものと決めています。
夫には「よく飽きないね」と言われますが、お米からコトコト炊いたおかゆも、横浜の「オンザディッシュ」から取り寄せた「コットン」という名前の食パンも、自分で豆乳からつくったヨーグルトもどれも大好き! 「絶対おいしい」と確信しているから、「そこそこおいしい」ものをあれこれ変えて食べるより、ずっと満足するのです。
なにより「これ」と決めておけば「今日はなにをつくろうかなあ?」と考えなくていいのでラクチン。煮卵は、半熟のゆで卵を麺つゆに漬けたものを3個ずつストック。ラタトゥイユも多めにつくっておけば3~4日間はもちます。買い物先も決めておきます。梅干しは近所のスーパー「三浦屋」のお徳用大容量パックを。ドライフルーツは、プルーンやナツメは「コープ」で。パイナップルスティックは「紀ノ国屋」で。
料理研究家ウー・ウェンさんの著書に『10品を繰り返しつくりましょう』という1冊があります。仕事をしながらふたりの子どもを育てたウーさんが、日常でつくってきた代表的な10品を丁寧なつくり方とともに紹介したエッセイ風料理本です。この中でウーさんが書かれていた言葉になるほど~と納得しました。
「苦手とか嫌いという気持ちが起きるのは、たぶん『わからない』からだと思います。(中略)10品を、とにかく繰り返しつくってみてください。繰り返しつくって、レシピを見ないでもつくれるようになったらしめたもの。料理の基本や勘どころが身についたということです。(中略)10品をつくれるようになれば、100品だってつくれるのです」
掃除や洗濯、料理など、日々必ず繰り返さなくてはいけない営みは、体にしみ込ませるように一度理解してしまえば、「考える」というプロセスを省くことができます。私の朝食や昼食も、「考えない」ためのルーティン。毎回同じものがすっと食卓に並ぶ。そんな手順が暮らしの中にインプットされていれば、そこに使うエネルギーを温存し、もっと大切ななにかに使うことができます。
他方で、「わからない」は自分の中から新たな可能性を引き出すキーワードだなあと思います。私は文章を書くとき、結論がどうなるか決めないまま書き始めます。思うまま書いては、やっぱり違うと消し…。そんな作業をくり返す中で「あっ、そうか! この経験は、こういう意味だったんだ」と、ハッとわかる瞬間が訪れます。なんとなくもやもやと心にあった思いが、言語化されるとストンと腹に落ちます。
日常生活でも「わからない」は有効。たとえば掃除がどうしても長続きしない、となれば、どうしたら「こんな私でも続くのか?」と考えます。そうして「これなら続けられる方法」を見つけ出す。「自分が続けられる掃除方法を探す」という時間は、自分自身を「わかっていく」プロセスでもあります。
俳優の熊谷真実さんが雑誌のインタビューでこんなふうに語っていらっしゃいました。「心って悩むためではなく、決めるためにある。悩むのは頭だけ」。自分の心が本当に望むものってなに? と問いかけ、あれこれ頭で考えすぎずに、心が決めるままに動く。そんなふうに行動と心が直線で結ばれたら、本当になりたい自分になれるのかも…。
「わかる」「わからない」のスイッチを上手にきり替えて、本当に大切なことのために、自分自身を使えるようになりたいと思います。


