女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務め、愛猫家としても知られる川上さんが、猫のこと、50代の暮らしのこと、食のこと、出生地であるスウェーデンのことなどを写真と文章でつづります。今回は、95歳・父の入院や向き合う時間を通し気づいた、60代からの人生について語ります。

猫とフィーカ
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フィーカ:fikaはスウェーデン語でコーヒーブレイクのこと

尾崎豊の歌に圧倒された20代。50代で知った眠れない夜の閉塞感

川上麻衣子さん
川上麻衣子さん(59歳)近影。2匹いる愛猫のうちの1匹(ココロ)と

夜眠れずに「失望と戦った」と歌ったのは、当時まだ20代の青年だった尾崎豊でした。

同い年である彼がなぜそんな、絞り出すように言葉を生み落としていくのか、同じ時代を生きながら圧倒されたものです。

間もなくして26歳の若さでこの世を去った尾崎豊。生きていれば今年還暦を迎えていました。どんなふうに年を重ね、どんな言葉でこの時代を表現したのか。

興味のあるところですが、彼の姿も声も、エネルギーに満ちた20代のまま次世代へと歌い継がれています。

自分が還暦を迎えるなんていうことは、いまだ絵空事のようにしか思えませんが、両親であり、周りの大人たちが年老いていく現実に直面したときに、初めて自分にも老いが迫りつつあることを認識します。

それによってときに鬱(うつ)となりそうな不安な気持ちに押しつぶされそうになることもあり、この年になってようやく眠れない夜の閉塞感を知った気がします。

親のこと。自分のこと。残されたままの荷物の行方。

なぜ、深夜の静けさの中では懸念ばかりが生じるのでしょうか。もしかしたら年齢に関係なく「今を生きる」私たちは、どこか日々の暮らしの中に潜む危うさを恐れて、だれしもが引き込まれてしまいそうな深い夜を抱え込みながら生きているのかもしれません。

95歳の父からの電話。「僕は壊れてしまったみたいだ」という言葉に

川上麻衣子さん家族3人写真
20年ほど前、父と母と家族3人で食事した際の1枚。両親はともにインテリアデザイナー

わが家は父と母、そしてひとり娘の私の3人家族。今年に入り、95歳の父の体調がときに思わしくなく、何度か入退院を繰り返すようになりました。

年齢が年齢なだけに、毎回ハラハラとするものの、昭和一桁生まれの頑強さは健在で、こちらの心配をよそにしっかりと復活をしてくれます。

ただ、やはり病院のベットで寝たきりの時間が増えてしまうと一気に筋力も体力も気力も失われていくようです。

父の入院に伴い、今年はいつもの年よりも多く父と過ごす時間がもてていることを考えれば、ありがたい一年でもありました。日によってばらつきはあるものの、調子のよいときには1時間近く昔の写真を見ながら思い出話に花が咲きます。

一方で、父を悩ませているのは、日々薄れていく自身の記憶力のようです。

記憶が消えていくことを自覚できていることがすごいことだと娘は思うのですが、かろうじて覚えたスマホの電話から、差し迫った声で「ちょっと僕は壊れてしまったみたいだ」と連絡が来たときにはさすがに、胸が締めつけられる思いがしました。