テレビや雑誌、SNSなどさまざまな媒体で発信する、つくりやすくておいしいレシピが人気の料理コラムニスト・山本ゆりさん。レシピ本がベストセラーとなり、たくさんの読者に支持される山本さんですが、じつは自身のことを「料理上手ではない」と認識しているそう。苦手意識のある「料理」を仕事に選んだ理由とは? 現在発売中のエッセイ&レシピ集『ひたひたまで注いでコトコト煮詰めた話』から一部抜粋して、レンジでつくれる絶品「塩麻婆豆腐」レシピとともに紹介します。

本を持つ女性
料理コラムニスト・山本ゆりさん
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「できない」から生まれること

料理の仕事をしているが、決して料理上手ではない。

さすがに「苦手です」とは言わないし、おいしいものをつくれる。新しい料理を考えることはできるが、それはおいしい食材や調味料の組み合わせ、分量や配合を割り出すことができたり、食材の性質や調理のコツを多少知っているだけだ。というか好きなだけ。

包丁でトトトトトト…と均等に切るとか、皮をスッススッスむくとか、フライパンを宙であおるとか、オムレツをムラなくトロトロに焼き上げるみたいな、技術が必要なものはてんでダメである。

なんせ手先が不器用。巻くとはがれ、包むとはみ出す。衣をまぶすと指サイドにパン粉がどんどんまとわりついてユビフライになり、周囲に大いにまき散らす。片付けながら段取りよく進められないので、終わるとたいがい台所はぐちゃぐちゃだ。

テレビの撮影では芸人さんに「ほんまに本出してはりますよね?」と確認されたり、「もう私がやるわ!(笑)」と見かねて手伝ってもらえたりもする。これでレシピ本を出しているなんて、自分でもとんでもないなと思っている。

●自分がつくれる料理なら、たいていの人がうまくつくれる

だが、この苦手や面倒くさがりが功を奏している部分もある。自分がつくれる料理であれば、世の中の人はたいていうまくつくれる、というのがそれだ。また幼い頃から数えきれないほど失敗をしてきたため、失敗しやすいポイント、不安になる気持ちもわかり、先回りして書きやすい。

 

「レンジ内からボン! と爆発音がしても気にしないで。あるあるです」

「シャバシャバで不安になりますが、合ってます」

「ボウルの底に小麦粉がへばりついたら、無視して上だけ混ぜて」

「拝啓 生地が分離された方へ 私もしましたが、そのまま焼きました。かしこ」

 

もし私が器用で、丁寧な作業を苦に思わないタイプであれば、きっと今みたいな料理はつくっていないだろう。

「まずはモヤシのひげ根を取りましょう」とか「全卵26g使用」とか言い出しかねないし、丼に直接調味料と冷凍うどんを入れてチンとか、パックごと冷凍しているお肉を解凍なしで調理するなんて考えもしないと思う。

●欠点は「武器」になる

整理整頓や片付けが得意な友達が、「整理収納アドバイザーに興味あるけど、片付けられない人の気持ちがわからんから無理かも」と言っていたが、たしかに最初から片付けられる人よりも、元は片付けられなかった人の方が共感も得やすいだろう。

美しすぎる芸能人のメイク動画を参考にしにくいのも同じだ(ビフォーがアフターやん)。

小学校の頃、二重跳びが得意な子にどれだけ教えてもらっても全然できなかったのが、つい先日跳べるようになった子の「膝を曲げるんじゃなくて、お尻を上げるように跳んでみて!」というアドバイスで一発成功したのを思い出した。

考えてみれば世の中の発明品のすべて…洗濯機も、食洗器も、新幹線も飛行機も、卵のお尻に穴あけるやつも(突然規模縮小)、できない、もっとこうしたい、から始まっている。

また直接欠点が補えなくても、抱えて生きていくための精神力が鍛えられたり、処世術を覚えたり、だれかの「できない」に共感し寄り添える、思いやりや寛容さが生まれたりもする。劣等感やコンプレックスから生まれる少しゆがんだ原動力は、健全なそれよりも時に強く、人を惹きつけることも多い。

欠点は武器になる。そう考えれば、ダメな自分も少しは肯定できるかもしれない。