●新しい人生へ緊張の出国
出発2週間前からは、渡航や転居の手続き等で目まぐるしく過ぎ去り、文字どおりあっという間に当日でした。空っぽになった部屋を引き渡し、娘からもらった赤いスーツケースをパンパンにして電車を乗り継いで成田空港へ。旅慣れていない私はスーツケースを転がすこともおぼつかず、街ゆく人に次々と追い抜かされていきました。
大げさに見送りされたくなかったため、ひとりでの出国となりました。電光掲示板を見上げると、成田22時30分発は最終便。
感極まっていたかったのに、荷物が大幅に重量オーバー! 約3キロ分を無念にも処分…。重い紙類や雑貨が多かったと思いますが、いま思い出せないほど、不要なものを詰めていたみたいです。
英単語すら理解しきれない私にとって、空路の最大の不安はトランジットでした。ドーハでの乗り換え時は、波に乗り遅れないように必死に前の人を追いかけ、途中の荷物検査は皆の真似をして靴を脱いで順番待ち。そしてなんとなく「ここで待っていれば大丈夫そう」と思える場所に一席キープ。約7時間の待機時間、どこでも眠れることが自慢の私がほとんど目をつむらず、リュックを抱きしめ時計ばかりが気になっていました。
●スペインへ到着。53歳、赤ん坊へ戻った気分に
緊張した23時間の移動も、なんとかスペインに到着。次なる難関はドライバーへのメール連絡でした。語学学校による手配車のドライバーへ到着状況を連絡をする約束で、事前に用意した文章をドライバーへ送信。すると一瞬で返信が来てしまい大慌て! いま見直すと「あなたの名前の紙を持ってるよ。僕の眼鏡は緑色で…」と書かれていますが、当時は返信が来ただけで頭が真っ白になりました。とりあえず急いで予め決められていた待合せ場所へ走って向かったのでした。
車窓から見える景色は、抜けるような青空、生い茂る木々、美術館のような建物…改めて外国にいる実感が高まり、写真ばかり撮っていました。見るもの触るものすべてが新鮮で、スニーカー姿の自分の学生姿も見慣れず、勇気を出して覚えたてのスペイン語の単語で意思疎通を図ろうとするもまったく通じず、53歳にしてまるで赤ん坊に戻ったかのような気分でした。「もう後戻りはできない」この日から、教科書と老眼鏡を手に、ローマ字を凝視する生活が始まりました。