だれにも相談できずひとりで胸に秘めがちな悩み。“セックスレス”というテーマを真正面から取り上げ、異例の大ヒットを飛ばしているのが、ハルノ晴さんのストーリーマンガ『あなたがしてくれなくても』。
胸がヒリヒリするほど繊細かつ克明に登場人物の心情を描く同作は、今までレスの悩みを言葉にすることができなかった読者から、深く切実な共感を寄せられています。
同作の担当編集に作品の意図と読者について伺いました。
『あなたがしてくれなくても』が描く、“だれも悪くない”レスの現実
「夫婦愛に関する調査」(2016年・アンファー調べ)によると、30代で47.0%、40代で59.0%、50代では71.3%がレスで悩んでいます。
この問題を掘り下げた『あなたがしてくれなくても』は、「めちゃコミック」や「ブックパス」、「Renta」など、数々の電子コミック配信サービスで2018年の売上トップを飾りました。
結婚5年目、レス歴2年の既婚女性・吉野みち(32歳)と、妻側から拒否をされている会社の先輩・新名誠(36歳)を中心に、さまざまな立場からレスの現実を描いています。
同作の担当編集である双葉社『漫画アクション』編集部の平澤彩さんは、「セックスレスは既婚女性に限らず幅広い層に共通する、根が深い問題。一方で、実用書はたくさんあってもストーリーマンガはほとんど見当たらなかったため、マンガ作品にする意義を感じました」と、連載を立ち上げるまでの過程を振り返ります。
「書籍もたくさん読みましたが、そういった本に正解が書いてあるわけではない。いろいろなパターンがあり、人それぞれだと思いました」
そんな平澤さんと著者のハルノさんが作品をつくるうえで気をつけているのが、“だれかを悪者にしないこと”。
たとえば、新名さんとの行為を拒否している妻の楓さんは、登場当初は冷たい人物のように見えますが、作品が進むにつれて、彼女の側の事情や理由も、やわらかな感性できちんとすくいとっていきます。
「求める側、拒否する側、両者がなにを感じているのかを意識して作品をつくっていますし、拒否している側の読者もいると思います。その方々にプレッシャーや罪悪感を与えたりすることが目的ではありませんから」(平澤さん)
わかりやすい正解や悪者に頼らず、レスの現実と向き合うため、ハルノさんと平澤さんは、登場人物たちが“お互いをどう思っているのか”“なぜしたくないのか”などの問いをたくさん重ね、納得できるまで何度もキャラクターを掘り下げます。
ときには、ネーム(漫画を描くときに構図やコマ割り、ストーリーの下敷きになる絵コンテ)を10回以上やり直したことも!
そうやって生み出された登場人物たちは多くの読者から感情移入され、発売当初から圧倒的な共感を集めていきました。
“モヤモヤした気持ちを代弁してくれた”等身大ヒロインが呼んだ予想外の共感
同作は2018年2月28日に「めちゃコミック」で独占先行配信がスタート。
配信直後から、関係者一同が驚くほどの大ヒットになりました。
「今までにない反響で、『めちゃコミック』の担当者からも“すごいことになっています!”と配信当日に連絡がきたくらいです」と語るのは、電子書籍のリリースを担当した双葉社メディア事業局の小坂井健さん。
「電子書籍では過激な展開や個性的な登場人物が多い作品がより売れやすいため、等身大の女性をヒロインにした、実直なストーリーである本作は、どちらかというとジワジワとロングセラーで売れる作品だと予想されていました。でも、実際には配信直後から“私もそうでした”“モヤモヤした気持ちを代弁してくれた”という読者からの共感の声が殺到。作品のレビューページがあっという間に埋めつくされました。しかも、売れ行きもすごい勢い! 電子書店側も、“こんなの初めて”と驚いていました」(小坂井さん)
『あなたがしてくれなくても』のレビューページには、第1話の配信から1年以上たった今でも読者自身の体験が盛り込まれた、熱のこもったレビューがつづられています。
それだけだれにも話せずレスに悩み、胸の内を語りたかった女性が多かったのでしょう。
踏み込めば踏み込むほど答えの見えないレスの問題。作品が悩める人のヒントになれば…
同作に共感するのは、女性だけではありません。
「男性編集者からは『主人公の夫の気持ち、けっこうわかるんだよな』なんて感想が多く、男性が読んでもリアルだと思ってもらえているのだな、と感じます。あと、びっくりしたのが男友達からも『読んだよ』と報告されたこと。彼自身が妻から拒否されることが多いらしく、少しでもヒントになれば…とたまたま手に取ってくれたそうです。新名さん側の夫婦に答えが出るのを楽しみにしてくれています」(平澤さん)
この問題について「踏み込めば踏み込むほど答えがない問題」と語る平澤さんに作品の今後を聞いてみると、「終わり方について話すこともありますが、ハルノさんが“こんな話になるかとは思わなかった”とおっしゃっているくらいなので、連載が進んでいくなかで結末が変わることは十分あり得ます」との回答。
しかし、作品の展開が変わったとしても、作品を貫く思いは変わりません。
「女性に性欲があること自体が恥ずかしいという空気もあるけれども、そういう呪いみたいなものが薄れていくといいと思っています。3巻収録分では、主人公のみちがレスに関して女友達と話し合うシーンも。まだ彼女はひとりで悩みを抱えてしまっていますが、そうやって少しずつオープンに話せるといい。性欲があるという人も、ないという人も、どっちもいて、どっちもいいんだよ、ということが、作品を通して伝わればいいと思います」(平澤さん)
踏み込むほどに深まるレスの問題と、真摯に向き合い続ける『あなたがしてくれなくても』。痛いほどリアルに描かれる登場人物たちが紡ぐ物語の行き先は、まったく予想不可能。今後も目を離すことはできそうにありません。