またある日、神社からの帰り道。くんくんくん。梅アンテナが作動! あるお屋敷の大木の下に黄金色した梅が夜空のように光っているではないか。遠目にも絶対おいしいやつだと分かる。この季節は街路樹や公園でも梅の実を拾っては漬けてみるが、理想の梅はなかなかない。水分が少なく皮が分厚かったり、香りがなかったり。青梅は熟れるまで家で放置しておくのだが、こういう梅は放置してもしわしわになるだけで熟してくれない。
今、目の前に広がる理想の梅の海。私は、大きな中庭を通りお屋敷のピンポンを押していた。
「どうぞー。開いてますよ」とご婦人の声。
ガチャリとドアを開ける。
「あのう、近所に住むものですが、落ちている梅を分けていただけませんか」
「どうぞどうぞ。家の分は十分に漬けたので、好きなだけ持って帰ってください」
やったー!! お礼を言って私はエコバッグにせっせと梅を入れる。
すると、自転車が停まって高齢の男性がやってきた。
「あの、いつも梅をもらっている◯◯ですけども今年も…」
「私、家の人じゃないんです。私も今もらっているところでして」
しまった先客だと、男性も急いでご婦人に挨拶し梅を拾いはじめた。
「何に漬けるんですか?」
「僕は梅酒とシロップ漬けをね。ここの梅おいしいからね」
「やっぱり美味しいんですね! 私は完熟梅でジャム作るんで、青いのは持ってってくださいね」
私達は、地面に視線を落としながら梅についての話をする梅子と梅男なのだった。取っても取っても取り切れないほどの梅フィーバー。私はこの家を「梅屋敷」と名付け、後日お礼に夏みかんを持っていった。
すべての画像を見る(全9枚)私の家こそ梅屋敷になっていた。玄関を開けると梅の甘い香りでうっとりする。最初は笑っていた夫だったが、料理をしたくても鍋もボウルもないので呆れている。私は仕事もそっちのけで、朝から晩まで梅ジャムを作ったり梅干しを漬けた。熱中すると自分でも止められない猪突猛進な性質だったことを思い出した。気がついたときには25キロもの梅を仕込んでいた。もう棚に瓶が置けなかった。その頃には、「ここまでくるともはや狂気で、かっこいいな」と夫は感心さえしていた。
そうだ、私と同じく梅子な母に残りの梅を送ってあげよう。梅干しにしてから送ってあげようと思っていたが、この梅を見たら感激するに違いない。私はダンボールに、東京産の三種類の梅を詰め込んで愛媛に送った。
翌日、母から興奮気味に電話がかかってきた。まだ梅を買っていなかったらしい。「皮が薄くて上品な梅じゃねえ。香りもええし最高じゃわ」。ああ、同じ感覚だよ。この人から来たものだったのだなあ。
●完熟梅を使った梅ジャムの作り方
梅干しもいいが、完熟梅で作った梅のジャムがすぐに食べられて美味しいので紹介します。家や近所に完熟梅が落ちているなら是非作ってみてください。もしくはスーパーで半額になった黄色い梅を見かけたら是非!
梅とたっぷりの水を鍋の中に入れ火にかける。沸騰はさせないでふつふつしてきたらザルに上げる。これを3回。
包丁か手で梅を種からこそぎおとし適度な大きさに刻む。種の周りについた実は取りにくいけどここが一番美味しいので最後に手でぎゅーっと絞って鍋に入れるといいよ。
弱火でことこと煮ましょう。お砂糖を梅全体の6~10割の重さで計り、何回かに分けて入れましょう。私は6割で作りますが結構すっぱいです。
くつくつと煮込みます。少し透明っぽくなったら大丈夫かな。冷めたら固まるので、あまりジャムっぽくならなくてOK。
煮沸消毒した瓶に熱々のジャムを入れ保存。酸が強いので保存は瓶でね。
梅は落ちた衝撃で割れて腐ってたりしますが、腐っている部分を切ればジャムにはできます。虫がいないかだけチェックしよう。
豆乳にこの梅ジャムを入れて、飲むヨーグルトみたいにして飲むと美味しいですよ~。
クエン酸パワーの梅で夏を元気に乗り切りましょう。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。最新刊で初の小説集『
ぐるり』(筑摩書房)が発売。旅エッセイ集『
旅を栖とす』(KADOKAWA)ほか、詩画集
『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)、絵本
『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集
「いっぴき」(ちくま文庫)、など。翻訳絵本
「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:
んふふのふ