●アジア系へのヘイトクライムは弱者がターゲットに

昨年5月から全米に拡大したBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動は、「黒人の命は大切だ」と声を上げ、世の中の意識改革を促した一方で、シアトルでは暴動に発展し、銃撃、破壊、窃盗など、治安上の問題も起きました。その標的のひとつとなったのが、前述の日本人女性暴行事件が起きたチャイナタウンです。
ガラスが割られないように板ばりされ、ボランティアによるアートが施された店先の光景は、現在も変わりません。以前から治安がいいとは言えないエリアでしたが、この1年で落書きがかなり増えた印象があります。
シアトル全体でも、最近は治安の悪化が目立ってきています。総領事館からの治安に関する注意喚起のメールが、これまで何通送られてきたことでしょう。

「アジア系住民がコロナ禍の責任を負わされ、スケープゴートにされている」。バイデン大統領を始め、最近は多くの米大手メディアも懸念を伝え始めています。抗議集会がシアトルを含め全米各都市で行われ、SNSではアジア系への差別をやめようと「#StopAsianHate」のハッシュタグが拡散しています。
一方で、シアトルの事件もアトランタの事件も、容疑者は逮捕されましたが、証拠不十分でヘイトクライムとしての立証は難しそうなのが現実です。被害者はどちらも女性。加害者の腹いせのために弱者が狙われる、という構図が続いています。

アジア系ヘイトクライム被害の報告を受け付けている人権団体「STOP AAPI HATE」のレポートによれば、コロナ禍の約1年で報告されたのは3800件ほど。女性は男性の2.3倍にも上ります。全体で中国系が42.2%で圧倒的に多く、日系は6.9%。といっても、アメリカ人が中国人と日本人を見分けるのは難しく、やはり標的は大きく「アジア人」、しかも見た目だけで差別されるのだと思われます。

シアトルでは、前述の事件以降、3月にもアジア系を狙ったヘイトクライムが起きており、報道によれば犯人は侮蔑の言葉とともに、「アジア人め!」と罵っています。同一犯による2件のヘイトクライム被害者はいずれも女性や子どもでした。この事件では映像などの証拠があったため、ヘイトクライムで立件されるようです。

●多様性と差別の歴史を知る機会に

シアトルのあるワシントン州での被害件数は、全米でカリフォルニア州、ニューヨーク州の次に多く、STOP AAPI HATEにはこの約1年で158件が報告されています。ただ、すべての被害が報告されているわけではないため、実際の被害件数はさらに多いと予想されます。

スーパーマーケットの宇和島屋の近く
日本人がよく利用する日系スーパーマーケットの宇和島屋の近く
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日本人コミュニティーでは、子どもが被害に遭うケースも懸念されています。実際に、コロナに関するジョークでからかわれるなどの話を周りから聞くことがあり、小学生の息子が通う学校でも、昨年2月にアジア系への差別発言が1件あったと報告されています。
シアトルでは昨年3月からコロナ禍でオンラインでの遠隔学習が1年以上続いていましたが、今年4月からは州知事の勧告により、まだ限定的ではありますが登校が始まります。子どもたちと親、そして先生方は感染リスクとともに、そうしたアジア系へのヘイトクライムのリスクにも向き合わなければなりません。