旬の素材を使った毎日の料理や、時季ならではのおいしい食べ方をつぶやくツイッターアカウント、「きょうの140字ごはん」(
@140words_recipe)を運営する文筆家の寿木(すずき)けいさん。
使いたいと思う食材や道具、そしてだれかへの贈り物は、四季に導かれるものだそう。
寿木さんから季節のあいさつに代えて、読者の皆さんへ「今日はこれを手に取ってみませんか?」とお誘いします。
ワンプッシュで、その日の気分を左右してしまう香水の香り。
使っていた当時の記憶も呼び覚ます、思い入れのある香水について教えてくれました。
洋服を選ぶように、香水を選ぶ
冬は洋服の下にも1枚シルクのキャミソールを合わせるような感覚で、香りの膜をまといたくなる。在宅勤務が日常になり、出かける機会も減ったけれど、そのぶんTPOを気にせずに好きな香りを楽しめるようになった。
まとうのは腰から下。朝着替えるときに、腰から下の位置にあたる空間にシュッと吹いて、そのなかをくるっとくぐり抜けてから服を着る。だから必ず、香水はクローゼットのそばに置く。
●理想どおりのパーフェクトな香り
10年以上愛用しているのが、「
パルファン サトリ」の「サトリ」だ。
すべての画像を見る(全5枚)日本人調香師・大島さとりさんが自らの名前を冠したオードパルファンは、香炉から立ち上る伽羅を表現。初めてかいだとき、まさに探していた香り! と衝撃を受け、それ以来、なくなる前に必ず買っておくようにしている。
●20年ぶりの再会、ホワイトムスク
ある日、地下鉄へと急いでいたら、懐かしい香りがふわっと漂ってきた。学生の頃につけていたボディショップ「
ホワイトムスク」の40周年を記念して、PRイベントが店頭で行われていたのだった。
1981年に誕生した「ホワイトムスク」は、当時一般的だったジャコウ鹿の性腺から採取した香料を使用せずにムスクの香りを表現した、画期的な香水。発売から40年たつ今、あらためて新鮮にうつる。懐かしくてたまらなくなり、買って帰った。大人がつけても、なかなかいいもんだよと、当時の自分に教えたいくらいだ。
●香水になぐさめられる
代官山に行くと必ず立ち寄る「
LE LABO」で、東京限定の香り「GAIAC 10」を見つけたのは1年半ほど前。香水では必ずといっていいほど設定されているトップノート、ミドルノート、ラストノートという解釈をせずにつくられたミステリアスで複雑な香りに、使ってみたいという憧れがむくむくっと湧いた。
「お好きなメッセージをボトルに入れてください」
こう言ってスタッフの方が言葉のサンプル帳を差し出してくれた。
ちょうどこのときプライベートでつらいできごとを抱えていた私は、それらのメッセージの、押しつけがましくないポジティブさに元気づけられた。気分を変えたいとき、香りほど一瞬で叶えてくれるものはない。
●香りを飾る
建築を学んでいたトム・フォードがつくり出す構築的で調和の取れたボトルには、眺めているだけで呼吸を深く促すような効果がある。使用される香料は多岐にわたり、組み合わせも複雑で、ときに難解な解釈。だからこそ、ひとりで深く考えたいときなどに身につけると、ぴんと緊張の糸が張って心地よい。
●ついに名香デビュー
最近買ったいちばんのニューフェイスは、シャネルの名香「
N°5」だ。
1921年の誕生から、もうすぐ100年。眠るときはなにを着ているかと問われたマリリン・モンローが、「N°5だけ」と答えたエピソードでも知られるあまりにも有名なこの香水を、お店ではこれまで何度もかいできた。そのたびに雲の上の香りだと思って辞退してきたけれど、ある日、店頭でつけさせてもらったら、とてもリラックスできて気分がよかった。「今日、買おう」と思えた。
買い物にはそのひとだけのタイミングというものがある。昔の香りをあらためて手にとり、新しい魅力を見つけて出合い直したり。まだ早いと躊躇していた香りに、ある瞬間ふと接近できたり。あえて背伸びをして買う一本もあるだろう。
大好きなフレグランスの香りと、いちばん安心できる自身の匂いが重なり合い、自分だけの心地よい空間が生まれる。その大きさは、自分の身長ほどもない、ささやかな半径。
マスクを外して身軽になった自宅で、嗅覚を思いきり楽しませることは、自分をいつくしむ方法のひとつだ。
【寿木けい(すずきけい)】
富山県出身。文筆家、家庭料理人。著書に『
いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(小学館刊)、『
閨と厨』(CCCメディアハウス刊)など。最新刊は、新装刊『
わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社刊)。趣味は読書。好物はカキとマティーニ。
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