作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、仕事による徹夜続きでへとへとの久美子さんを救ってくれたおにぎりについてつづってくれました。
第33回「救世主、おにぎり!」
●忙しい、でもお腹はすく。そんなときにうれしいおにぎり
ここのところ、徹夜続きだった。1月末に旅のエッセイ集を出すことになっていて、執筆のラストスパートを迎えていたのだ。なぜいつもこうなってしまうんだろうと夏の自分が恨めしい。小学生の頃から直らない宿題を最後まで残してしまう悪い癖。
以前、
栗ご飯を紹介したけれど、もはやゆっくり栗の皮をむいている余裕はどこにもなく、ご飯を作る時間さえなくなってしまった。でも、こうなると私はすぐに風邪を引いたり貧血になったりするのも分かっている。こんな時に限って夫は出張中で作ってもらえないしなあ。買い物にも行ける余裕はありません。
実家から届いた新米があるやないの。とりあえずご飯だけは食べよう。よれよれの頭で台所へいき、米を研ぐ。古代米も一緒に入れて炊くと、ミネラルやビタンミンを取れて一石二鳥だ。古代米は2~3時間水に浸けないといけない。水に米3合と古代米半合を浸けてまたしばし作業を続ける(その後は寝る前に浸けておくようになった)。
さあて、米を炊こう。最初は強火で、しゅーっと鍋から湯気が出て水が湧き出たら火を弱めて10分。さらに10分蒸らして、出来上がり。いつも通り、ストウブ鍋で炊きあがったご飯をおひつの中に移し、お茶碗によそって食べていたが…。
そうだ、おにぎり作ろう! とひらめいた。お茶碗を洗う手間も省けるし、一気に沢山作っておけば作業しながら食べられるじゃないか。我ながら名案! 常温でも心配ない季節、自分用のお弁当だ。
私は自分のためにせっせとおにぎりを作る。米の感触が手のひらにぬくぬくと伝わって、ああ、なんて気持ちいいんでしょう。おひつの中に一回移したご飯は、おにぎりにしたとき、とても握りやすい。まとまりがいいし粒が潰れることがない。もう5年ほど使っているが、このくらいの気候だとおひつで常温保存すれば冷めても美味しくて、わざわざレンジで温めなくなった。
●おにぎりのおかげで体を壊すことなく仕事を乗り切れる
さて、具は何にしようかなあ。おにぎりの一番のお楽しみは具材だもの。今年の春に漬けた梅干し、去年漬けた高菜、手作りの豆味噌、海苔の佃煮、瓶のシーチキンに先月作った柚子胡椒を合わせるのもいいかも。冷蔵庫を探ってみると使いかけのストックがいろいろ出てくるもんだ。そして仕上げに、これもまたストックしたままになりがちな海苔を火で炙る。食べる前に巻いた方がおいしいので、カットしておにぎりの隣に置いておく。
小腹がすいたら一階に下りて、大皿の中から二、三個と海苔を皿に移して二階に上がる。作業机の水筒の中にはお茶を常備している。もはや、人様に見せられない巣である。パソコンで文章を追いながら、右手でぱくりとおにぎりをかじる。つーんと青唐辛子の辛味が鼻に抜け柚子の香りに癒やされる。いやあ、柚子胡椒とシーチキンは最高の組み合わせやなあ。梅干しもご飯に包まれると美味しさが増すんだなあ。中に何が入っているかわからないのもまた楽しい。
おにぎりを考えた人はすごい。これは日本人のソウルフードだ。
私は毎日のように朝、おにぎりを作り置きするようになった。そして、作業に没頭し、徹夜することもしばしばあったが、なんとか体を壊すことなく乗り切った。
●おにぎりを握った人の愛情が食べた人の力に変わっていく
私の実家は、朝食は母が握ってくれたおにぎりと味噌汁だった。大皿に味のりを巻いたおにぎりがどっさり乗っていて、「はよ食べなー。遅刻するよ~!」と言われながらおにぎりを口に入れて学校に走っていっていた。高校時代、朝練でまだ薄暗い駅へ向かうときもアルミホイルに巻かれた特大のおにぎりを持って、電車の中で食べていた。朝練が終わったあともまた2つほど食べていたっけ。昼のお弁当をあけるとおにぎりは顔になっていた。海苔で髪の毛と目、口は梅干しというかなり古風なキャラ弁だけど、今思うと母の細やかなエールだったのだと思う。私はいつもおにぎりに助けられていたんだなあ。
おにぎりは、握る人の手の大きさや強さでも味わいが変わってくる。米の吸水時間、炊き加減、塩加減、シンプルだからこそ奥深い。握った人の手のエネルギーや愛情が、食べる人の口から体に入って力に変わっていく。ラップで握ったものより、やっぱり素手で握ったおにぎが美味しいもんなあ。
旅のエッセイはひとまず山場を超えて、無事入稿することができた。でも、私のおにぎり熱はまだまだ冷めない。もう少し、極めてみたいなあと思うのだった。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著に、詩画集
「今夜 凶暴だから わたし」(ちいさいミシマ社)、絵本
『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集
「いっぴき」(ちくま文庫)、絵本
「赤い金魚と赤いとうがらし」(ミルブックス)など。翻訳絵本
「おかあさんはね」(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:
んふふのふ