52歳の漫画家・古泉智浩さん。古泉さん夫婦と母(おばあちゃん)、里子から養子縁組した6歳の長男・うーちゃん、里子の3歳の長女・ぽんこちゃんという家族5人で暮らしています。
今回は、『クレヨンしんちゃん』の映画を見たときのお話です。
映画『クレヨンしんちゃん』を子どもと見たい!古泉さんの夢がかなうとき…
いつか子どもができたら一緒に『クレヨンしんちゃん』の映画を見るのが夢でした。
その夢は去年、『映画クレヨンしんちゃん激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』を当時5歳のうーちゃん、2歳のぽんこちゃんと見ることができて叶いました。とても楽しくてまた行こうねと言っていました。
ところが、今年の春公開予定だった『映画クレヨンしんちゃん謎メキ! 花の天カス学園』はコロナウィルスの感染拡大により公開予定日の当日に延期が発表されました。とてもがっかりしました。
そしてとうとう夏に延期されていた『映画クレヨンしんちゃん謎メキ! 花の天カス学園』が上映されることになったので、子どもを誘いました。二つ返事で同意してくれるかと思ったら、うーちゃんは
「ぼく行かない」
と、何度誘っても嫌がります。7歳になったうーちゃんは、海を怖がるようになり、映画館の暗さと音の大きさが前から苦手だったのがますます苦手に。
小学校に通うようになり、すべてのことに自信をなくしているかのようなのです。
「ぽんこちゃん、『クレヨンしんちゃん』の映画見に行こうよ」
「ぽんこちゃん、えいがいきたーい」
前のめりで誘いに応じてくれます。ぽんこちゃんはありとあらゆるお出かけが大好きなのです。唯一、お医者さんだけ苦手です。
●まさかの誤算!映画の前にガチャガチャで大波乱
そうして日曜日の午前の回、イオンシネマにぽんこちゃんと二人で行くことにしました。
イオンは子どもにとって魅力的な空間であるため、変に時間があくと騒ぎになることは確実です。上映ギリギリの時間に合わせて行くと、それが誤算でした。なんと満席で次の回まで待たなければなりません。コロナ感染防止のために座席を一つあけての案内でした。
次の上映が50分後で、シアターの前にはガチャガチャのマシーンがずらりと並んでいて、ぽんこちゃんが目をつけたのは『セーラームーン』のガチャガチャでした。『セーラームーン』なんて見たことがないくせに、やりたいと言って床に腹ばいになります。
すべての画像を見る(全4枚)ぽんこちゃんの要求をはねのけると泣き出して暴れるなど大騒ぎになるのは必定なため、いかになだめすかすかのトライアルが発生します。料金は300円で、こんなのに応じていたらお金がいくらあってもたりません。
「じゃあ今日はこれ1回だけだよ」
「うん」
お金を入れてレバーを回すと、白い猫か犬(?)のフィギュアが出ました。あ~あ、すぐ飽きて放り出すだけだろうなあと、少し残念な気持ちになりました。
映画までまだまだ時間があります。ガチャガチャの列の向こうには広大なゲームコーナーがあります。
ぽんこちゃんはそこをぐるぐると歩き周り、マリオカートのマシンに座ってハンドルを動かしたり、太鼓の達人のバチを手にして太鼓を叩いたりします。ほかにお客さんが来たらさっと退かさねばなりません。
ゲームをやりたいと言いますが、3歳児にはまだ無理だし、そんなことでお金を使う遊びを覚えさせるわけにはいきません。もうちょっと分別がついたら、1回だけやるくらいならいいとは思うのですが。
●「おしっこでない」と言い張るぽんこちゃん。嫌な予感がします
映画の時間がやってきました。僕はイオンの株を持っているので、チケット1枚買うごとに優待でポップコーンかドリンクがもらえます。
ポップコーンがあれば、ぽんこちゃんはいい子で映画を見ているのです。ポップコーン1つと、自分用にアイスコーヒーを注文しました。
すると「ぽんこちゃんのは?」と自分の飲み物もほしがります。そりゃそうだ。現金でぽんこちゃんのオレンジジュースを買いました。
「ぽんこちゃん、映画の前はおトイレでおしっこするんだよ」
「おしっこでない」
何度聴いてもおしっこ出ないと言い張ります。家ではトイレに行きましたが、それから90分くらい経過しています。さらにオレンジジュースを飲んだら絶対途中でトイレに行きたくなるに決まっています。
多目的トイレで便座に座らせましたが、ぽんこちゃんには無理強いをしてもいいことがないことは分かっています。やっぱり「おしっこでない」と叫ぶばかり。本当は出るものを意地になってこらえていたかもしれません。
館内に入って15分くらいは予告があるので、その間も「おしっこ出る?」と聞いてみましたが、頑として「でない」と言い張りました。
●映画の盛り上がりが最高潮のときに、まさかの…
映画が始まりました。ぽんこちゃんは予告のときからポップコーンを食べて、ひじ掛けに『セーラームーン』のフィギュアをちょこんと置いて映画を見ていました。
映画はしんちゃんとお友達が天かす学園というエリート校に合宿で体験入学をしていると、優秀なお友達がバカになってしまう事件が起こります。果たして犯人は一体だれなのかというミステリー調のお話です。始まって1時間くらいしたところで、
「おしっこでる」
ぽんこちゃんが言いました。終盤だったらまだしもまだまだこれからというところです。
泣く泣くトイレに連れて行っておしっこをすませると、もう帰りたいと言いました。途中で出てきてしまったし、もうしょうがないかと映画館を出ると、ぽんこちゃんがゲームコーナーに一目散で走って行きます。
もう帰るよと言ってもそこを動こうとしません。
●イオンから帰りたくないぽんこちゃん。古泉さんはしょんぼり
『クレヨンしんちゃん』の映画を子どもと一緒に見ると言うことに、僕はとても重きを置いていました。『クレヨンしんちゃん』の映画なら一緒に見て楽しみを共有できるはずだと、実際にぽんこちゃんが2歳の頃にはできていたのに、今回はできなかった。そのことで心が折れてしまいました。
『クレヨンしんちゃん』の映画が通用しなかったこと、趣味を押しつけていただけだったことになんだかとてもガッカリした気持ちになりました。
「もうダメ、行くよ」
ぽんこちゃんを無理矢理抱き抱えて屋上の駐車場に連れて行こうとすると、
「かえらなーい!」と叫び声をあげて、マスクをとって床に投げ捨て、抱いている僕の腕を爪でひっかきました。痛い。
「ぽんこちゃん、セーラームーンのオモチャは?」
「え?」
どうやら映画館かトイレかゲームコーナーに置いて来てしまったようです。しかし、ぽんこちゃんを連れてまたイオンに戻ることは考えられません。「後で取って来てあげるから」となだめました。
●消えたセーラームーンのフィギュア!古泉さんは…?
家に帰ってくたくたでベッドに横になっているとぽんこちゃんが来て「オモチャとってきて」と言います。心が折れた今、もう一度イオンに戻るのはむしろ癒やしになると思い、一人でイオンに向かいました。
映画館の受付でフィギュアの忘れ物はありませんかと聞くとないそうで、さっき入ったシアターを見させてくださいと言うと次の上映がされていて、ちょうどさっき中断したところの手前の時間でした。
もう一度チケットを買うので今から見てもいいですかと聞いてみました。いいとのことで、チケットを買うと、ちょうど座っていた席があいていました。
そうして続きを見た『映画クレヨンしんちゃん謎メキ! 花の天カス学園』はすばらしくおもしろくて、最後は感動でボロ泣きをしてしまうほどで、改めてうーちゃんとぽんこちゃんと一緒に見たかったなあと思いました。
ぽんこちゃんも5歳くらいになったらもうちょっと分別がついて聞き分けよくなるかな。その頃にはうーちゃんも9歳なので、映画館が怖くなくなっているといいな。
映画が終わって、座席の周りをくまなく探しましたがフィギュアは見当たりませんでした。
多目的トイレにもゲームコーナーにもなく、だれかが持って行ってしまったのかもしれません。そのことをぽんこちゃんに言うと、とくになにも気にしていない様子でした。
【古泉智浩さん】
漫画家。1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。里子を受け入れて生活する日々をつづったエッセイ『
うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』、その里子と特別養子縁組制度をめぐるエピソードをまとめたコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』など著書多数。古泉さんの最新情報はツイッター(@koizumi69)をチェック!