その昔、星を見に行った長野の高原。満天の星空に北斗七星が大きく見えた。子どもの頃から天体観測が好きだったAさんは、いつかは思う存分に星を眺められる暮らしをしたいと思っていたといいます。「都市のマンション暮らしをしている間は無理なので、仕事を引退したら天体観測のための住まいをつくりたいと考えていました」。60代になった今、Aさんはその思い出の地で、夢をついに実現。有名な天体観測所もある長野県の高原に土地を購入し、屋根の上に天体観測台をいただいた住宅を新築してしまったのです。

長野の高原に新築
すべての画像を見る(全15枚)

目次:

月明かりのない新月前後は観測のために「単身赴任」この家の心臓部は望遠鏡を収めた書斎自然に囲まれてオフの時間を夫婦で楽しむ

月明かりのない新月前後は観測のために「単身赴任」

周りの景色と馴染む外観

若き日に強烈な印象を植え付けられた長野の高原に、天体観測をするための土地を求めたAさん。 当初は建物付きの中古別荘も検討したそうですが、「そういう建物はたいてい森の中で、星を見るのに適していなかった」そうです。

あちこちを探して、見つけた土地は回りに空を遮るものがない、天体観測には最適な場所でした。
設計は、物見台付き住宅の作例から見初めた若原アトリエ・若原一貴さんに依頼。

Aさんの要望は「友人を招ける広さの確保と、観測台は星座の位置がすぐわかるように四辺が正確に東西南北を向くようにしてほしい」ということ。
そうして観測台は建物の東端、屋根の上にかぶさるように設置されました。

「雨じまいを考えて観測台は屋根から独立させています。天体観測はとても精緻な作業なので、台が揺れないように梁も通常より太いものを用いました」と若原さん。

広さ4畳半ほどの天体観測台

望遠鏡を持って階段を上れば、広さ4畳半ほどの観測台があります。
「観測をするときは、こんなふうに中腰でのぞき込むんですよ」。

長い時間滞在することや妻や友人と過ごすこともある場所なので、造り付けのベンチも設置されました。
ちなみに、反射式の望遠鏡はセレストロン20㎝シュミットカセグレンを愛用しているとのこと。

Aさん自身が撮影した天体写真

取材時にはAさん自身が撮影した天体写真も見せていただきました。
「観測台で星を眺めていると時を忘れますね。現在のデジタル写真技術では様々な天体を美しく撮ることができます。まだ未熟ですが撮れた写真を整理するのも楽しみの一つです」。

バラ星雲の天体写真

上は「バラ星雲」を撮影した一枚。本当に真っ赤なバラのようです。

夫は新月前後は観測のため長野に「単身赴任」し、満月の時期は都心のマンションで妻と過ごしています。1年のうちの半分くらい、天体観測のためこの家に訪れているとか。

【この住まいのデータ】

▼家族構成
60代夫婦

▼家を建てた理由
「天体観測するための拠点となる家が欲しかった」(夫)。
「仕事をするための家とは別に、自然の中で暮らせる家があってもいいかなと思いました」(妻)

▼敷地および住宅の面積
敷地/958.69㎡(290.51坪)
延床面積/89.40㎡(3LDK)

この家の心臓部は望遠鏡を収めた書斎

ロフトのような書斎

1階ダイニングと寝室の上にはロフトのような書斎があり、そこがAさんの望遠鏡を収めた、いわばこの家の心臓部。天体関係の書籍と望遠鏡が3台収まっています。

玄関から伸びる階段

その書斎は、玄関から伸びるこの階段を半階ほど上った右手にあり、正面の扉の向こうに観測台が続いています。
「観測台へは機材を運び入れることから階段で出入りできることにこだわりました。書斎は機材や防寒着等を収めています。またここでは天体観測の計画や整理をしています」。

自然に囲まれてオフの時間を夫婦で楽しむ

リビングから同じ高さで出られる広いデッキ

回りの環境ともよくなじむ板張り仕上げの外観。リビングから同じ高さで出られる広いデッキは食事をしたり、丹精込めて世話をしている庭を楽しむのにも最適。
仕事があるため夫ほど頻繁にここに来られるわけではない妻も、自然に囲まれて過ごす時間を楽しみにしているそうでうす。

「ここではゆっくり過ごしたいのですが、結局家事などで忙しくなってしまうんですよ」と妻は笑っていました。

天井と壁に杉を、床はクリを使用したリビングダイニング

板材が張られた外観と同様、内部も木で統一。リビングダイニングは、天井と壁に杉を、床はクリを使用。家の中にいても、大きな掃き出し窓から外の雄大な景色を感じられます。

家の中央にある薪ストーブ

家のほぼ中央にある薪ストーブを焚けば、家じゅうがほんのりと暖まります。正面に見える障子の向こうは来客用の和室。障子が空間のアクセントにもなり、奥行きを感じさせます。

こもり感があるダイニング

ダイニングは頭上に書斎があるので、テーブルが置かれた部分の天井高は2150㎜と低めに抑えました。ベンチに腰掛けると適度なこもり感があり、落ち着けるそうです。

小さなデスクスペース

ダイニングの北側にはパソコンが置かれた小さなデスクスペース。ここは天井高1800㎜とさらに抑えられています。

6畳の和室

6畳の和室は旅館のような穏やかな空間で、客間として使っています。こちらの壁には、珪藻土クロスが貼られ、ほかの空間とはまた違った雰囲気に。

自然に近い庭づくり

Aさん夫妻が観測台の他にこだわったのが庭でした。「庭のないマンション暮らしなので、自分なりの庭づくりを楽しみたい。土地に根付いた自然に近い庭をつくりたいと思っていました」。

庭に植えたアザミ

寒さの厳しい高原なので、庭には越冬できるキキョウやアザミ、アサマフウロ、カワラナデシコを植えました。春、草木が芽吹いた庭をデッキから眺めるのが楽しみだとか。
「ほかにも様々な植物を植え、この土地に根付くかどうか試しているところです」。
都市部と地方を行き来しながら、自分の好きなことに熱中できる暮らし。ある意味、リタイヤ後の理想の暮らしなのではないでしょうか。

設計/若原アトリエ
撮影/松井 進

※情報は「住まいの設計2020年4月号」取材時のものです。