当時30歳代だったSさん夫妻は、子どもが小さいうちに家を建てて長く楽しみたいと、東京から妻の実家のある長野へ移住。家づくりで希望したのは、「他にないおもしろい家」。この家は外観は平屋のような建物ですが実は2階建てなのです。その気になる内部をご案内しましょう。
すべての画像を見る(全16枚)「広い一戸建てが建てられる」と東京から長野へ移住
妻の実家は北アルプスを望む長野県の松川村。Sさん夫妻は結婚後、しばらく神奈川県で暮らしていましたが、妻はひとり娘でいずれ故郷の長野に帰ることが暗黙の了解でした。
夫は神奈川県出身ですが、「長野のほうが広い一戸建てが建てられる」と移住・転職に積極的だったそうです。
敷地は祖母の畑だった農地の一角を譲り受け、転用したもの。隣地には妻の実家と祖母の家が建っています。家を建てる土地の広さは112坪ありました。
設計を依頼したのは、アトリエ・アースワークの山下和希さん。山下さん夫妻も移住組です。出身は和歌山県ですが、長野が気に入って家を構えたそうです。今は和歌山と長野の2拠点で設計の活動をしています。
夫妻が山下さん設計の住宅を見たのはある雑誌でした。北欧デザインが好きで新婚旅行先も北欧だったという夫妻は、モダンな中にも温かみのあるその住宅にひと目で惹かれたそうです。
「長野にもこんな家をつくる人がいるんだ」と、自分たちの好みに近いものを感じたといいます。
「どうせ建てるなら他にない、おもしろい家に」
田園風景と店舗が入り交じる村の中心に建つ家は、シンプルながら個性的な外観。「どうせ建てるなら他にない、おもしろい家に住みたかった」とSさん夫妻。
四角い家の間取りは、1階が玄関、LDK、和室、洗面などのパブリックスペース、2階が寝室などのプライベートスペース。一見シンプルなプランのようですが、内部は複雑なつくりになっています。
例えばリビング。1階のレベルから、床を60cm下げることで天井高を確保し、かつ場の雰囲気を変えています。
リビングとダイニングの間にはフリースペースがあり、現在は子どもの遊び場や玩具の置き場になっていますが、将来的にピアノを置くことも考えているそう。
妻が気に入っているのは「フレキシブルに使えるところですね」。同じ1階でありながら、コーナーごとに趣の異なる空間が現れるのが、この家のポイントなのです。
また、外観は一見平屋のようですが、実はちゃんと2階建て。屋根の中に2階が隠れているような形です。
こちらは、2階主寝室から納戸に至る通路の一角に設けた書斎コーナー。左手の内窓を見下ろせば、吹き抜けからキッチン隣のデスクコーナーが見えます。
2階には、主寝室、2室の子ども室、そして大きな納戸が配置されていますが、採光はなんと7つもある天窓から。1、2階をつなぐ大きな吹き抜けでつながった室内は、天窓から入る光で外観からは想像がつかないほど明るく開放的な空間です。
メリハリの効いた予算配分でこだわりを実現
空間に懲りすぎると工事費用が高くなってしまいますが、S邸では変化に富んだ空間デザインにこだわりつつ、内装費用を多少カットすることで予算を調整。
例えば、キッチンは背面収納も簡易な棚だけを造作したという潔さ。引き出し代わりに既成の収納ボックスを利用しています。こんなところからも予算をかける部分とかけない部分のメリハリをつけ、堅実な選択をしていることがうかがえます。
「四角いお豆腐のような、すっきりしたデザインにこだわりました。シンプルなほうが掃除もしやすいし、収納は自分たちの生活の変化に合わせて可動式の箱を加えていけばいいので」と妻。
また、収納ですが、「扉付きの造り付け収納を増やしてもモノをため込むだけ」と収納スペースは最小限にしたそうです。
一方、予算をかけたのは窓。アルミと樹脂の複合サッシで、複層ガラスはアルゴンガス入り。断熱性が高く、結露も起こりにくいといいます。
もうひとつ要望したのが、来客の宿泊用の広い和室です。親戚や友人が別荘感覚で泊まりにくることがあるため、落ち着いて快適に過ごしてもらえるようなスペースを用意しました。
こちらがその1階北側の和室。障子を通して入る穏やかな光が落ち着きをもたらしています。
自然豊かな環境でゆったり暮らすSさん家族ですが、「大きな吹き抜けや段差のあるつくりは住みにくいのでは?」と人にはよくいわれるそうです。
しかしそんな心配はないとのこと。「子どもが走り回ったり、階段に腰かけてテレビを見たりと家族みんなが楽しんで暮らせる家です」と夫妻は笑顔で話してくれました。
※情報は「住まいの設計2020年4月号」掲載時のものです。
設計/アトリエ・アースワーク
撮影/松井 進