廃材を使って世界にふたつとない作品を作る看板屋たけちゃん。妻はキーボードの弾き語り、絵本の読み唄いライブなどを行なうミュージシャン・りりぃさん。様々な回り道をしたり悩んだりしながら、本当に自分に合った現在の仕事にたどり着いたといいます。「ワクワクする気持ちを大事に、やりたいことを続けていたら、道は開けた」。今そう語るふたりの暮らしをのぞいてきました。
すべての画像を見る(全20枚)流木や廃材、スクラップに新しい命を吹き込む
たけちゃんこと、福島毅さんの職業は看板屋。看板の材料とするのは、海岸で拾ってくる流木や廃材など。いわばスクラップです。
「このゴミがどうやったら生き返るだろうと考えるのが楽しいんです。打ち捨てられていた廃墟に新しい命を吹き込んで、周りの人に喜んでもらいたい」。
例えば、こんな看板を作っています。
こちらは建設会社からのオーダー。鉄で組み立てた文字の表面に廃材のビスや金物を隙間なく取り付けていきます。
「金属が錆びたらもっといい味が出ますよ」。
即興演奏のようにいろいろな素材を組み合わせ、世界にふたつとないものをつくるのです。
たけちゃんは看板の他に家具制作もすれば、空間施工も手掛けています。
創意あふれる作品を見ていると、きっと子どもの頃からモノづくりが好きだったのではないかと思いますが、たけちゃんからは意外な返事。
「それが全然。習字や図工の授業では、人の失敗作をもらって提出していました(笑)。全然楽しくなかった」。楽しくなかったのはモノづくりじゃなくて、型にはめられることだったのです。そのことに気がつくまで、たけちゃんは長い長い回り道をすることになります。
15年の自衛隊生活にピリオド。そして旅へ
たけちゃんは高校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。志望動機は地元を離れ、違う世界が見たかったから。
プライベートではサーフィンやスキーなどの遊びも楽しんでいましたが、その一方で時間を切り売りするような人生に疑問も感じていたそうです。そうした中、封じ込めていた本当の自分が暴れだしたかのように、うつ病になってしまいました。
そして15年の自衛隊生活にピリオドを打ち、旅に出ることに。
修行するように日本全国を回りました。旅先でいろいろな人と触れ合い、仕事を手伝ったりするうちに、「やっぱり自分はモノづくりが好きなんだ」と気づいたといいます。
2年間の旅から戻り、とにかく何かしようという思いで流木のオブジェをつくり始めました。そんなとき、後に妻となるうたうたい・りりぃさんに出会います。出会ったのはクラフト市のワークショップ。
当時、りりぃさんは福祉施設の職員として働いていたけれど、自分の好きな音楽を突き詰めたいという思いを抑えきれず悩んでいました。だから、たけちゃんのこれまでの話を聞いて、とても興味を持ったそうです。
その後東日本大震災の支援活動を機にふたりの距離は縮まり、2015年に結婚。
「大人はできない言い訳ばかりをするけれど、心は正直。やりたいことに向かってとにかく行動すれば、なんとかなるんですよ」とたけちゃん。バイトをしながら音楽活動をしていたりりぃさんにも「バイトする時間があるなら、音楽で稼ぎなよ」とミュージシャンへの背中を押しました。
またまったくの独学で始めたたけちゃんの独創的な作品にも、注文が相次ぐようになったそうです。今では誰もが知っている東京のショップからもオファーが来ているとか。
石岡市八郷地区に移住し、「村づくり」の夢に一歩近づく
ふたりは2年前に茨城県の鉾田市から石岡市の八郷地区に移住。今住んでいる借家は水田地帯から少し上がった丘の上にあり、目の前には畑や田園風景が広がり、遠くには里山も見えます。
ネットで見つけたこの場所の、やさしい風景がふたりとも気に入ったそう。
ふたりが借りている家は昭和の薫りが漂うこちらの民家。元ブドウ農家だった家の離れで、ほとんど改修せずに暮らしています。
少しだけ家の中をご案内しましょう。
手の込んだ欄間が造り付けられた玄関。左手のガラス扉を開けるとリビングです。リビング内にもたけちゃんの作品が。
たけちゃんが廃材を利用して制作したダイニングテーブル。天板は欠き込みがあるラフな木材なので、鉄パイプを加工した脚と組み合わせ、絶妙な表情になりました。右奥に見えるオルガンは、昔の小学校にあったような趣。古道具店で購入したそうです。
昔の民家にはほぼある2間続きの和室もどーんと。
さて、たけちゃんには自衛隊時代から温めていた夢がありました。その夢がこの土地に来てに一歩近づいたといいます。
「茨城は人がいいですね。特に八郷は創作活動をしている人や有機農家とか、コアな部分を持っている人が大勢います。人間的に自立した人が集まっている感じがするんです」。
たけちゃんの夢、それは村づくりです。集う人がそれぞれの強みや可能性を発揮していける、「生きるためのキャンプ場」をつくりたいと。
元ライスセンターだった建物は、現在はたけちゃんの看板づくりの工房。ここを拠点に「村」の構想を膨らませているのです。
今後、モノづくりができる場所やイベントスペース、畑などをこの場所の周囲に整えていく予定とか。
「世の中にはどこに向かっていいか分からない人が多い。自分も経験してきたように、個性を伸ばせば人生が楽しくなるし、そういう人が増えれば子どもたちの目標になると思います」。
自分を縛る必要なんて、これっぽっちもない。たけちゃんの快進撃は、八郷に来てから加速しました。
りりぃさんはキーボードの弾き語りを中心に絵本の読み唄いライブや、子ども向けライブなど幅広く活動。たくさんの寄り道をしながら、「村づくり」というふたりの夢は大きく動き出しています。
※この記事の情報は「住まいの設計2019年10月号」取材時のものです。
撮影/山田耕司