19歳でデビューして以来、半世紀以上にわたって透明感のある歌声で多くの人を魅了してきた森山良子さん。昨年12月にリリースしたアルバム『Life Is Beautiful』では、念願のジャズに挑戦するため、ニューヨークで歌唱法を学んだそう。常に挑戦を続ける森山さんにとっては、心地よい距離感でつながる家族の存在も、日々の支えとなっているようです。

森山良子さん
森山良子さん

ときに厳しい言葉もかけてくれるからこそ、家族は「宝物」

77歳の今も第一線で活躍し、歌手として新たなチャレンジを続ける森山良子さん。「ずっと歌のことだけ考えてきた」という森山さんを支えているのが、家族の存在です。

「他人は言ってくれないような、耳の痛い指摘をしてくれるのは、やっぱり家族しかいない。そういう意味でも、私にとっての宝物は家族です。私の母も厳しい言葉をかけてくれる存在でしたし、母が亡くなってからは娘や息子の直太朗が言ってくれるように。私が出演したテレビを見て、『あの声はなに? 疲れてるの?』なんて注意されることもあります(笑)」(森山さん、以下同)

お子さんたちがまだ幼かった頃は、コンサートで全国を飛び回っており、家をあけることもしばしば。限られた時間のなか、どのように親子のコミュニケーションを取っていたのでしょうか。

「学校行事があるときは、コンサートを終えたら飛行機の深夜便で東京に戻って、学校へ行ってから、またコンサート会場にとんぼ返りして…。夜中に帰宅して直太朗がまだ起きていると、朝までおしゃべりすることもありました。

娘はわりと反抗期が激しくて、高校生のときには『ちょっと海外に行ってくる』と1年ほどロンドンに留学していたことも(笑)。今思うと、いつでもママがいるような家庭をつくってあげられなくて申し訳なかったな…という気持ちもあります」

それから長い時間を経て、親子の関係性も変化。現在は娘夫婦と二世帯住宅で同居し、息子の直太朗さんもすぐ会える距離で暮らしていますが、「干渉しすぎない、ほどよい距離感」を保つように心がけていると話します。

「とはいえ、しょっちゅう娘たちとは会っているし、さっきも直太朗から電話がかかってきたところ。わが家の方がたくさんお酒をそろえているから、『今から◯◯ちゃんと一緒に行っていい?』と娘から連絡が来て、友達と飲みにくることもあります(笑)。1人だけれど1人じゃない、いつでもみんなとつながれる距離感が気に入っています」