●突然の電話の相手
「もしもし」
なにも返事がない。無音なのに、なにかしら空気の振動を感じる。相手が受話器の向こう側にいるのは間違いない。しかし、声は出せない? わたしははっとした。
「あなたはひょっとして足音の持ち主ですか」
「いえ、違います」
男の声だった。低くて張りのある声だ。友人が多そうだ。
「じゃあ、誰ですか」
「わたしは生物学の研究者です」
どうやらわたしになにかを伝えたくて電話をしてきたようだった。
「はぁ、いったいなんの用事でしょう。こちらは検討もつきませんが」
「あなたが足音の持ち主を探していることをネットで見つけました。興味深く聞かせていただきました」
男はゆっくりと話す。
「おそらくそれは足音ではなく──音だけの生物です」
「どういうことですか?」
わたしは理解が追いつかなかった。
「生命の定義にはさまざまありますが」と男は前置きした。「人間に観測できるものだけが生命ではない」
男はささやくように言い切った。
電話を切ると、息を吐きながら天井を仰いだ。わたしはふと周囲の音に耳を澄ませた。どこかでやっている工事の音。近くの通りを走る車の走行音。だれかが窓を閉める音。さまざまな音がしていることに気がつく。
そこに意味はない。ただ“音がしている”のだ。
【編集部より】
一部の情報から全体を想像しないほうがいいってことでしょうか。たしかに、なにか勘違いをしている可能性もありますよね。だれかの投稿を見て落ち込むのでしたら、距離をとるのも大事そうです。
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